幽霊と直談判

今から10年ほど前のことですが、 それ以前から時々訪ねて来ていたある女性が折り入って相談したいことがあると言って来られました。どういう相談かと訊きますと、自分には死んだ人が見える。母親も三人の姉もやはり見えるのだと言いながら私の様子をうかがって、大丈夫そうだと分かったようで続けました。幽霊なんていないと一喝されたら話にならないから心配だったのでしょう。
相談の内容は、今オフィスビルの掃除の仕事をしているのだがそのビルに幽霊が出て気分が良くない。体が冷えるし暗いし嫌な場所でやめたいのだが、自宅の近くの職場で給料も良いのでできれば続けたいとのこと。それでお祓いをしてくれということと、幽霊にはどう対処したら良いかというものでした。
お祓いはさておき、幽霊の対処は生きている人と変わらない、何が言いたいのか訊いて、出来ることと出来ないことがあるのでしっかり交渉するようにと。また交渉の時に気をつけるべき注意事項も付け加えておきました。

2、3か月後にニコニコして現れた彼女の報告です。

幽霊はそのビルの建築中に足場から落ちて死んだ男性で、その家族が全くお供えをしないし、お盆も命日も全く何もしないというのだそうです。それでいつも腹が空いていてのども乾いているので何か欲しいと言うのだそうです。
「何が欲しいのか」と尋ねた途端に頭の中に、天丼、カツ丼、うな重その他の食べ物と飲み物が飛び込んで来た(声でなくビジュアルで入ってきた)ので手を振ってさえぎって、早速習ってきたセリフで「出来ることなら手伝ってあげても良いが限度があるし何時までもは出来ない」としっかりした声で断固断ると、急に弱腰になって、「じゃあオニギリでもいい。それと何か飲み物を」というので「水なら」と答えるとそれでもいいと言ったそうです。それで期間の交渉に入り、一月というのを一週間にまで下げさせて交渉成立。

翌朝家族の弁当を作るついでにオニギリを二個握って、沢庵も少し添え(優しい人なのです)、ペットボトルに水を入れ仕事に出かけた。その途上にある家の塀越しに小さなビワの実が沢山ついている木が目に入った。その日はそのまま急いで仕事場に行き、ロッカールームの棚の一番上の人目につかない場所に食べ物を置いた。翌朝は少し早く家をでて例のビワの木のある家の玄関のチャイムを鳴らし、出てきた人にビワを分けてもらえないかと尋ね、ちょっとした手土産を渡そうとしたら(すごく律儀な人なのです)、手を振っていらないと断られ、ビワの実を小さな枝ごと二本も切ってくれた(この人も親切ですねえ)そうです。例の場所に食べ物を置いて掃除を始め、終わったらその幽霊が出てきてお礼を言った時にビワが大好きだったので嬉しかったと言われたそうです。翌日は寝坊してオニギリを作っている時間がなくコンビニで買ったのを置いた。その日には「二個じゃ足りない。三個は要る」と文句を言われたそうです(前日のビワは棚においてるのねえ)。そのコンビニでオニギリを一個買って家に帰って計ったところ彼女が握ったオニギリ二個分が三個分に相当する量だったそうで、ちょっとすまないと思い、翌日はビールのマメ缶をつけた(全く律儀だねえ)。

一週間が経ち、最後の日にその幽霊が「ありがとう。俺はもうこれで行くから(きっと良いところに行けるでしょうね)、でも頼みがあるんだが」とおずおずと切り出した。何かというと、友達がいて(どこに?)やはり腹を空かせているのでと。これでようやく役目がすんだと思ってほっとしていた矢先だったので腹が立って、ちょっとつっけんどんに断ったら「一週間じゃなくて、三日でもいいから」と頼まれた。まあ三日ならと承知したがオニギリ二個なの?と訊くと一個でもいいとのこと、さすがにでもかわいそうで翌日から二個を三日間供えた。最後の日にもう一人の幽霊が来て、やはりお礼を言って、これで行くからと言ったそうです(どちらも気のいい幽霊だったのですねえ)。
それからほどなくして掃除係りの担当の会社の上の人に呼ばれ、突然給料を上げると言われたそうです。何故なのか不思議に思っていたらその男性が、前からこのビルには幽霊が住みついていて、暗くて嫌な感じがしていたのが、急に明るくなった。お供えをしていたのには気がついていた、ありがとう、と言ったそうです。
はい、めでたし、めでたし。

追記。これは余談ですが、お供えは仕事の帰りに下げて近くの川に流すか自分で食べたそうです。それからその女性の姉二人も訪ねて見えて、幽霊との交渉の話のお礼を言われました。年かさの姉の方は非常に鋭敏な人で、子供の頃から死んだ人に悩まされた人生だったそうです。妹の場合は良い霊で良かったが悪い幽霊との対応は非常に気骨が折れることなのだと言っていました。お祓いや相談事にも乗ってきたがもう疲れてしまったのでどんなに脅されても相手にしないようになったとのこと。その時から約二年後にその方は亡くなられました。まだ60歳前だったそうです。そういう血統のようなものがあるのですねえ。ちなみに小田野先生も私の母も見えた人です。
2016.3.5

幽霊は在るのか無いのか

 

 

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