人間は他の動物と比べると個体差が非常に大きな生物です。体の大きさや体形も肌の色も髪や目の色も違いますが、一番大きいのは各人の能力の違いです。私は運動能力があまり高くないのでオリンピック競技などでアスリートのパフォーマンスを見ていると、よくぞこんなことが出来るものだと感嘆します。人並み外れて芸に秀でるということは鍛錬を必要とします。この鍛錬の成果が人間としての限界近くにまで高まると「神技」と呼ばれます。
神技は見ているだけでも目を楽しませ、胸を躍らせ、爽快感や痛快感を呼び起こしてくれます。技とは磨かれた智恵の結晶で、これを芸術と呼びますね。ただし頭で考えているだけでは達成できないもので、行動を必要とします。
You Tubeで見た神技をひとつご紹介します。他にも幾つか神技があるのですが、これは私が特に好きな技です。とても美しい女性ですしね。
まさに神技ですね。
言葉を使うのも技です。誰もが当たり前に毎日使っているのでそうとは気づかないかもしれませんが言葉の使い方が優れていて美しいという技も芸術だと思います。そして言葉を光透波にまで高めて行くのにも鍛錬が必要です。必要とはそれをしないでは達成できないという条件です。誰か他の人にやってもらって自分が成果だけをもらうことは出来ないのです。術とは行いを求めるという字です。また必ずそうすることが要である。つまり心の能き(ノ)が要るということも字によって示されています。
カンニングで美の創造はできません。
カタカナの「ノ」は命波では、能(はたら)きと解されています。デカルト座標(直交座標)の交点0 から、x、y の方向へ例えば1 進むと斜線が出来てきます。0 地点から動きが加わっている状態ですので働き(能き)を意味します。
芸術という技を磨くには心の能きが要であるとのことですのでノラクラは時々の息抜きにして、心を込めて真剣に、それがどのような道であれそれぞれの意にかなった美を創造して人々に喜びと感動を届けて行きたいものです。
2016.2.9 記