続・脳は全自動にしてはいけない

最近になって所謂「物忘れ」、うっかりミスの現象が激しくなりました。
人と会う約束を忘れたのは、カレンダーを確認しなかったから。
眼鏡と携帯電話が見つからないのはしょっちゅうのことで、置き場所を決めないから。また、決めてもそこに置かないで、他の場所に、「無意識に」置いてしまうから。
銀行に記帳に行ったのに通帳がバッグに入っていない。買い物に行ったら財布に十分お金がはいっていない。出かける前に確認しなかったから。
切手の値段が上がり、追加の切手を買いに行った郵便局で、封書を投函し忘れた(何の為に行ったのさ)。
鍋でお湯を沸かしている最中に何かしていて鍋が空になって火が止まった(安全装置様々です)。
コートやズボンんのポケットにお金は勿論のこと、時計やスイカやホゴ紙が入ったまま(洗濯機にいれると紙屑だらけになる)。洗濯が終わったのに衣類がそのままで干してない。

落ち込んでいる場合ではない。対策を講じないと。
まず、その日にすることを朝全部書き出す。リストになる用事が片付き次第に消し込む。
片づけたものをリストアップする。どんなに些細なものでもちゃんと書く。ただ書くだけでなく、声に出して言う。

これはいい訳ではなく、説明の一つですが、一緒に暮らしていた家族が亡くなって一年が過ぎました。私より十数年年上でしたが、うっかりミスをしない人でした。その人にいかに頼りきりだったかを今更ながらに身に染みて感じています。独り暮らしという状況を実感しきれていなかったのだと思います。

昨年始めから数か月間、小田野早秧先生の『考える力』をはじめ、残りの三冊を再入力しながらさんざん読んだのに、把握していないということに気づきました。
いや、把握していたのに、定着していなかったのです。定着は繰り返しをしないと、加齢と共に脳細胞は劣化し続けていますので指の間から砂がこぼれ落ちるように記憶力は衰えて行きます。

ただし、ここが大事ですぞ!「自分は頭の働きが鈍化してきてるからしっかりしなければならない」と緊張していれば良いというものではないのだと八十歳の男性に教えられました。八十数歳で、完璧に近いほど頭の回転の速い、八方に気のつく友人が最近急に記憶があいまいになった現象を話したところ、そのことについての意見でした。

しっかりした性格で、気を抜かないから八方に気の回る人というものは急激にボケることがある。糸が切れたようなものだ。大事なことは緩急のつけ方だ。長年人を見てきたから言えるが、ぼーっとして抜けているようで、必要な時にだけ引き締まって行動するタイプの人のほうがむしろボケにくいようだ、と。「あんたは大丈夫だ」とつけ足されました。先ほどの家族の話ですが、窓際に座って外を眺めていることが多い人でした。「何を考えているの?」と聞くと、決まって、「何~んにも」と答えたものでした。「何も考えないなんてことがどうして出来るの?」と聞くと、「だって、簡単。何にも考えないだけだから」と。頭がちゃんと休息しているわけです。ちなみに先ほどの男性はその人の弟です。

確かに考える力は脳を活性化させますが、それだけではなかったのです。このことを、私と似た状態になっている方々にぜひお伝えしておきたいと思いこの記事を書いております。下の文はこの記事の内容に直接関係はないかもしれませんが、人間の頭脳の働きと、それを培う誠実さと、底に流れる人間愛とが社会構造を機能させているのだと思います。

南アフリカのある大学の門に貼ってあったメッセージです。

国家を滅ぼすのに原爆や長距離ミサイルは要らない。
教育の質を下げ、試験でカンニングを見過ごせば良いだけ。
そのようにして資格をとった; 
 医者によって患者は死んでしまう
 エンジニア等によって建物は倒壊する
 経済学者や会計士等によってお金はどこかに消えてしまう
 宗教家や哲学者によって人間愛は失われてしまう
 裁判官等によって正義を守る司法制度は無効となる

教育制度の崩壊とは国家の崩壊である

日本でも起きていますね。消えた年金記録事件や、何とか言う建築家が建てた高層ビルやマンションの倒壊事件を憶えていますか。

脳は全自動にしてはいけない

2020.1.7

2020年のご挨拶

ご訪問者の皆々様新年おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

昨年は大荒れの気候が原因で多くの災害が起きた年でしたね。災害の原因を作る能力のある人間ですが、反面その対応に際しての無力さもつくづく実感させられました。ふと、おもちゃを毀した子供は嘆くだけで直すことが出来ないのに似ていると思いました。子供は後先も行動の結果も考えずに突っ走りがちですが、それが今の大多数の人類の成長の段階なのでしょうか。まだ幼稚で大きな視点で物事を考えることが出来ないのだということを自覚できたら多くの災害が未然に防げるのではないかというふうに考えます。人間の中には賢い人たちもいるのですからその知恵をお借りして国の政策を決めたら良いのにと思います。決め手は経済優先主義を見直して、地球の健康回復を優先させることだと思います。たった一つ優先順位を変えるだけです。はなはだ単純ですが、単純が根幹にあり、枝葉の複雑な機構、構造はその根幹から出てきているということに気がつくと今までと違った結論が出てくると思います。

政財界のトップの人たちが勝手に決めていることをひっくり返すのは無理だから何もしないでいるという気持ちは分かりますが、出来ることはあります。地球を汚染する結果につながることをしないようにするという選択肢があります。何が出来るか、どういううまい方法があるかを調べてみると色々とあります。消費者が使わないものはだんだんに製造しなくなりますので、消極的に変化をもたらすことが出来ます。他にもいろいろと出来ることを考えて見てください。誰が、何を目的としてこういう政策が実施されてしまったのかを考える人たちが増えると変化が起きてくるものなのです。人の心と心はあるレベルで繋がっているからなのです。私達はみんな潜在的影響力を人類全体に及ぼすことができる能力を授けられて生まれて来ているのだということを知ってください。自分が持っている潜在能力を花開かせる方法は自然を味方につけることだと教えて下さった人がいます。その人は地球の代弁者として一生を地球蘇生に捧げた人でした。『仏眼』の著者です。影響力が大きな人というのはまず、幸せな人なのだということも知って欲しいです。大自然のバックアップがあると人生に支障がでなくなり、楽しく幸せになるとも教えて頂きました。少しずつでも出来ることをしていると何故か自分が好きになり、幸せ感が出てきます。ぜひ実験して見てください。

今年の干支は庚子(かのえね)ですね。
ネといってもネズミではなく、子と書きますので、子の正体は一体何かというお話をします。
四つの読み音を持っている字ですので、それぞれに字を当てると、ネ(音)コ(光)シ(詞)ス(数)となることは以前にもお話ししたかと思います。この四文字が宇宙のありとあらゆる存在と現象を生み出し、維持、管理しています。その字がたった二画の小さな字なのには驚くばかりです。複雑形[i]ではなく単純形が単純系どころか複雑系の最たる宇宙の全現象の根本要素を含み持っているのです。
考えて見ますと、人間の心の働きもそれと同様だと思います。単純に、食べる、子孫を作るという動物としての面と生命維持以外の面とが絡み合って複雑な行動パターンを作り出しています。例えば疑問の答を求める、遊ぶ、社会の称賛を求める、他者を支配する、傷つける、競争をする、芸術的創造活動をする、奉仕活動をする、などです。何が一番大切で、何が枝葉末節かをそれぞれ見直して行く年にしたいですね。

下の図は逆さの木、(サカキ・榊)、あるいは吊木(ツルキ・剣に通ず)という、光透波理論における宇宙の構造図です。上に根っこ(ネ・)があり、それを束ねた位置にがあります。これが母音で出来ている日本語で、完と幹は同音です。それから母が生んだ子供の音を主にした枝葉の言語があります。言と書きます。

 

2020年は人類にとっての二十歳(ハタチ)の成人式でなく波田智の誠人[ii](言+成)式の年になるように願っております。そろそろおもちゃを毀してばかりの幼児性から脱却しないとまたまた災害の年になってしまいそうです。

[i] 複雑系とは、相互に関連する複数の要因が合わさって全体としてなんらかの性質を見せる系であって、しかしその全体としての挙動は個々の要因や部分からは明らかでないようなものをいう。 これらは狭い範囲かつ短期の予測は経験的要素から不可能ではないが、その予測の裏付けをより基本的な法則に還元して理解するのは困難である。 ウィキペディア

[ii] 人間の本質は実は言(コトバ)によって成っているもので、言とは電磁場である宇宙の英智(波田智)そのものである。それに気づき、言の本質である公明正大で嘘偽りのない人として誠実に生きることを始めた人が誠人であると光透波理論は提唱している。

続・小さな字

前に「小さな字」について書きましたが、それより小さな字を研究会の藤田さんが「字分け」して見せてくださったのに大いに刺激され、私も同じ字を相手にそこに含まれている意味を展開して見ました。字が運んでいる音(読み音)の大部分は藤田さんと重複していることをお断りしておきます。

「下」という字です。たった三画の字ですが、それについている音がすごい!

下に対し、上という字にはここまでの読み方のバラエティーはありません。人は体を持って生活をしています。肉体という物質は重力場においては何もしなくても下には下がります。上に上がろうとすると力が要ります。飛行機やエレベーター等の機械や、階段やハシゴのような道具が要ります。

努力の努は奴(人間という意味)の力と書きます。何かを持ち上げるにも筋力を使って努力しなければなりません。生きている限り肉体を動かしながら、ほっておけば下がるものを上げ続けているわけです。

重い体は四六時中ケアが必要です。病、老化、肥満、運動不足、汚染物質の滞留、疲労、精神的な悩み等々原因は様々ですが、とてもスッキリ、爽やかという状態でいる方は少ないと思います。

人間には生きている限り苦しみと悩みが付きまとうものだが、それを受け入れて、それをバネに何かを生み出すものが芸術家であるとピカソその他の偉人賢人が言っています。天才も同じく苦悩がつきもので、一般の人とは物の見方が異なるために、小さな時から孤立して孤独な思いを抱えて生きて行く運命を担わされています。それを受け入れることが出来なければ社会に貢献するような実績を上げることなく挫折して精神異常をきたしたり、早死にしたりするようです。

芸術や天才は苦悩から生まれ、花開くと言われています。物体である体は上がりませんが、精神はいくらでも上がれます。重さがないのですから。思いが重いを左右するのです。昇華という言葉がありますが、上がって華開くわけです。

音が運んでいる天の意味を見ると、「下」という字の読み音のどこにも「重くて上がれない」という意味の文字が付いてはいません。「思い」次第で「重い」は澄んで、朗らかで、どこまでも宇宙をつらぬいて一瞬も停滞することなく解けて流れて、生々流転をしています。そこには個の死というものはありません。病気もありません。整然とした法則に則って運行されています。

生まれて来たことで、不自由な体を持ったが故に、苦悩して、体験して、「何故だ」と問い、考えて、理解して、納得して、美を生み出し、満足して体から抜け出て行くプロセスを、下という字が教え示していることに気が付きました。

この他にもUP(天通父)とDOWN(兌云)の読み音や、上下がくっついた図(ト+下)や下という字の一部であるという字の縦棒に斜線(能き=働きを意味する形)が接している位置が下がっている(赤い点)ことから、下降する方向性を示していることにも着目していらっしゃいました。

以上のようにたった三画の文字の各部分の意味を追求するという謎解きゲームを楽しみながら、頭の体操をするのが「字分け」の楽しみなのです。ご自分でも字の形を見ながらあれこれと思いを巡らして見ませんか?ミクロの世界では点一つの位置や大きさがすべて重要な意味を持っています。その小さな小さな点が全ての原点であることは量子学誕生以降の人類の集合意識にすでに入っています。

自らの身細胞一つ一つが認識できるほどにまでに意識を研ぎ澄ませ、感覚を磨き続けなくて、どうして天の実親の意図など測り知ることができるでしょうか。
小田野早秧

2019.11.27記

小さな字

門に桟がかかっていると全ての答がある中に入れない

モンサント社がグリホサートで癌になった夫婦の訴訟に負けた!

これは現代史に於ける大きな転機だと思います。このような最悪の事態を引き起こす人たちは勿論のこと、それを見過ごしてきた無関心な人達も大勢いたことが原因で、次から次へと人類社会を襲う災害が発生しています。もう誰にも否定できないほどのひどさになってしまいました。

最近発刊した『仏眼の』第一部の「舟を岸につなぎなさい」では、人類はどうしようもない流れで滝つぼに向かって行く笹舟に乗っている蟻のようなものだという比喩が使われていました。舟の上で喧嘩しようが、仲よくしようが一切お構いなく滝つぼに向かっているという点では私たちは一連托生(いちれんたくしょう)、つまり誰が善で誰が悪かなど互いに指差しあっても意味がないと言っているのです。

ではどうすれば良いのか?

答が第二部の「仏眼」にあります。読んですぐに理解できる人もあれば、なかなか分からない人もあるかと思いますが、暗中模索ではなく、文章で提示されているのです。本気で真剣に読んで行けば、何回目かで少しわかってくると言ってくれた読者の男性がありました。永年お付き合いしながらその方が今回の出版を契機に今まで考えなかったことを考え、その結果を報告してくださったことをきっかけに今回の記事を書いています。

もう一つ大きなきっかけは、小田野先生から直接講義を受けておられたアメリカ人のスティーブさんという方がつい最近癌で亡くなられたことです。オーガニック食品を販売している会社の経営をなさっていましたし、合気道という心身ともに鍛える運動も続けておられた有段者で、精神的にも安定性の高い人柄だったにも関わらず、癌にかかってしまったのです。これが同じ笹舟に乗った、一連托生ということの意味を如実に示しています。善い人でも健全な意識を持ち、健康にも十分に注意して生きていても、誰彼構わずに災害は襲ってくるのです。

モンサント社という例を見ることで、人間性の一部分である度し難い側面と、「幸せに輝いて生きたい」という本音の部分について考えて見ました。モンサントを字分けしました。

 

私達が人間という形態で生を受け、生命活動をしているその産みの親は人間ではありません。人間の親は肉体に備えて頂いている機能を使って、受精卵から一人の人間として生まれてくるまでを「お任せ」で全部やって頂いているのですが、自分では「親」だと思っています。これが本当の親ではないということを真に認識するには、字を見ると分かります。親を分解する、つまり「切り分ける」と分かると教えて下さっている言葉があります。「親切」です。

親を切り分けると「立、木、見」と三文字になります。立(立証)つまり存在している、木(モク-網空)つまり空という目に見えない世界の透明な網、これを見る(観察する)、というふうに取れます。実の親とは透明真空の網である母(同時に父も一体で支え、機能している)なのです。父という縦軸と母という横軸が交叉(点-回転軸)しているエネルギーが常に絶え間なく云(運)んでいるのが生命のエネルギーであり、知恵であり、食べ物を生産する地球のような生産地なのです。人間の体は勿論のこと、空気も、水も、太陽光も、微生物も何一つ人間に作れるものはありません。人間に出来ることは壊すことだけです。そして毎日せっせとそれを行っています。「自然にお任せ」をほぼ完全に忘れ反って生きてきた結果を今、癌や、精神病や、戦争という形で受け取っていることになります。

答を見ることができる、いわば図書館のような情報源は門の中にあります。その門に桟がかかっているのを開けて中に入らないと真理は見ることができないのだとモンサントが教えてくれました。

注。
グリホサートは発がん性はもちろん、植物を枯れ死させてしまうが、同様に土壌細菌や腸内細菌も損なう。腸内環境を破壊することでアレルギーなど自己免疫疾患などの原因になったり、神経毒として自閉症や認知症を誘発する可能性が指摘されている。また、生殖に与える影響も懸念されている。精子の数の激減、胎児の発育に影響を与える可能性だけでなく、世代をこえて影響する危険を指摘する研究結果も発表されている。ベトナム戦争で撒かれた枯れ葉剤によってつくられたダイオキシンは三代にわたって影響を与えるといわれるが、グリホサートにも同様に世代をこえた影響が出る可能性も指摘されている。
以下のサイトにモンサント関連記事がのっています。
https://www.chosyu-journal.jp/shakai/11791

2019.11.02

ミクロの決死圏―体の中を旅して見ました

前回「バカの壁」についてお話をしました際、光透波理論を病の治療に応用できる手法があることに少し触れました。治療資格を得るために受講して良かったと思っています。おそらく受講者の中では最高齢者だったかもしれません。覚えることが非常に多く、記憶力の低下を防止する為にもなりました。

一番回数の多い練習台は自分です。鼻が悪い、耳が悪い、胃腸が弱い、腎臓が弱い、アレルギー体質、心臓が弱っている、細菌感染していた。ウイルス感染していた等々盛りだくさんで調査と治療の実施と結果の判定には事欠きません。

まず「バカの壁」を取り(一時的です)、賢い方の自分との通信回線を開きます。それから調査対象を絞って検査。

腎臓の糸球体濾過機能を調べます。右が45%、左が60%働いているという情報をもらいました。かなり低いですが、尿毒症にはなっていませんでした。

この美しい精緻な構造を眺めて、機能低下を認識して、自己治癒力を発動する手法を適用します。(注。体の内部は実際にはほとんど色はついていません。ここで使用されている画像は細胞構造を見やすくするために人工的に色をつけてあります)右と左を別々に行いました。右が60%、左が75%に回復。更に機能をあげるのは又の機会にして、心臓を調査。

右心室、右心房、左心室、左心房、心筋と見て、循環システムも調査。寄生虫感染が見つかった箇所で、除去して良いとのことで、除去しました。炎症がある箇所の炎症を鎮め、毛細血管のつまりも少し融かせました。右心室に三尖弁という弁をコントロールしている筋肉の中の一本が動いていないということで、治療。呼吸に意識を向けて、横隔膜と呼吸筋群をコントロールしている脳の司令塔にアクセスして肺を一杯にするように呼吸を整えました。呼吸が楽で息切れもない快適な感じです。

別の日。胃腸の調子が悪く、調べたらやはり寄生虫がいました。ランブル鞭毛虫という名前です。画像を見ると可愛いですが、断固撤去してもらいます。


寄生虫や細菌、ウイルスに関する部門を担当した講師の方に言わせると全ての生き物には生まれてきた何かの意味があるのだと言います。嫌な奴と思って無理やり除去するとか殺すという気持ちで処置するとダイオフという死に方をして、後に毒素を残して行く場合があるので、それが無い時のみ除去するように注意されています。ともかく自分勝手を謝って、出て行っていただきました。

耳の炎症は腸の循環システムとメンタルな原因が主原因とのことで、寄生虫はすでにいなくなったので、小腸の問題を起こしている原因らしいメンタルな問題を処理することにしました。今までも「心の断捨離」で行ってきましたが、全く触れていなかった過去のある数日間のトラウマが見つかりました。大喜びです。ずっと隠れていたのです。それだけ根が深い問題だったのかもしれません。耳だれはその後一度も出ていません。先月の耳鼻咽喉科の検診で、もう来年まで来なくて良いと言われました。鼻の通りも良いので、睡眠時に口を閉じて眠れるようなりました。薬も全く飲んでいません。

又別の日。このところ睡眠が不規則になって来たので、リラクセーションにつながる様々な治療をしてから、ふと睡眠に関与しているセロトニンの分泌状態を調べたら必要量の半分も出ていないことが分かり、夜更かしとパソコンのし過ぎを反省。制作所の松果体の治療をしました。

勿論自分だけでなく、友達の体内旅行もしていますが、とても楽しく、半分遊び気分で行っています。又いろいろな発見があったら書くつもりです。何しろ日本は半病人が多い国です。単に健康なだけでなく、楽しく、有意義な人生を送っていただきたいです。病気の時には人の役に立つことなどする余裕がなかなか出ないので人間関係もギスギスしがちです。

出典:美しい人体図巻 ポプラ社
   人体解剖図 成美堂出版

ミクロの決死圏の動画の一部を載せますね。
(注。私がこういう風に旅をしたわけではありません。誤解無きようにお願いします。あくまで様々な解剖図を眺めながら、賢い方の自分に質問しながら情報を得て、この映画で旅をしている人達のようなイメージで行っていただけです)

「バカの壁」を越えて見つけたこと

4番目の問題

病が治る人、治らない人

2019.09.29

「バカの壁」を越えて見つけたこと

以前光透波理論を学ぶ仲間の女性に、「あんたに今必要な本」と言われてプレゼントされたのが養老孟司[1]さんの書かれた「バカの壁」という本です。読んでいて抱腹絶倒であったと共に膝を打って、「そうだ、そうだ、本当にそうだ。私はバカだ」と目からウロコが落ちました。

あれから十数年、バカ度はどのくらい下がったのかと自己客観視。どのあたりがバカでどのあたりが進歩したかを調べました。分かったことの一つは、「どんな理論を学んでも、現象を起こせなければ説得力はないね」と教えてくださった飯島秀行[2]さんの言葉の意味です。要するに具体的に何かの役に立つ行為に繋がらなけばそれを学んでいる人の貢献度はあまりないと言われたのだと解しました。飯島さんはフリーエネルギーを開発され、成功されました。現象を起こし、貢献したのです。

二十世紀という時に地球という星に生まれ出てきて、100年足らずの間に私という、詞の大海原の一滴に何か意味あることが出来るのか。光透波理論の真髄をどう応用して行けば「生きがいの発見」という素晴らしいプレゼントを頂けるのか。そしてそれを実践して「世界の平和と地球の蘇生」を実現させる原動力である「人類の覚醒」につながる行動の一端を担えるのか。

私は人間が好きです。バカでも怠惰でも自分勝手でも好きです。人間を相手の仕事をしたいです。それは分かっていました。人間の心理や本性について学んでも来ました。そして様々な手法も学んできました。でも、本当に効果のある、自分に向いた手法はまだ見つけられないでいました。今は「これかも」という手法に出会ったと思っています。

教えて下さった方とのお約束で具体的な手法をお教えはできませんし、光透波理論をご存じない方なので、自分の解釈による理論を織り込んでのお話となるため、お名前を出すことは控えるべきと思います。いつかその方にも光透波理論のことをご紹介してご承諾を得られたらもっと詳しいことをお話しできるかもしれません。

養老孟司さんによれば、世界とは複雑なもので、「わかる」ことはできない。「客観的事実」や「本質的真実」は信仰の領域である。この世に絶対的な「正しさ」や「正義」なるものは存在しない。「これが正しい」「これがあたりまえだ」と思い込むことは思考停止である。社会や自分の属する集団の意見を盲目的に正しいと思い込み、それを鵜呑みにするのはバカのすることだ。常識を知っているということは「人間なら普通はこうだ」という判断ができるということだ。推測を真理と取り違えたり、科学や宗教を妄信したり、わかっているつもりになること、それが健全な思考の広がりを妨げる「バカの壁」だ。

バカの壁とは「自我の壁」とも言えると思います。この自我の壁を乗越えて、人類(実は地球人だけではないと私は解しています)発生以来のあらゆる感情的・知的体験がもたらす知恵と発見が細大漏らさず記録されている謂わば「図書館」のようなものがあるとしている人たちがいます。私もその一人です。これは「アカシックレコード」とも「人類の集合意識」とも呼ばれています。情報の源で、ここから私たちは自分に興味のある情報を必要に応じて取り込んで、それが「自分の思考・発見」というように思っています。

さて、今私が学び、実践している治療法とはこの源から得た情報を活用して、精神的・肉体的に病んでいる(多くの場合両方病んでいます)人やケガなどによって苦しんでいる人が最も効率的に速やかに常態に戻れるような自己治癒力の発動をうながすという手法です。術者は自我の介入を避ける非常に効果的な準備をしてから、被術者から直接情報を得る源とのいうなれば「通信回線」を開きます。被術者の自我の壁のかなたにある情報源ですので、ご本人は自分の病の原因は知りません。そして、「知った時が回復のプロセスの始まり」となります。

太母さんが言うところの、「医王さま」が誰の中にもいらして、それが働く邪魔をしなければ「病気は勝手に治って行く」と聞いてはいたのですが、発動を促す条件があまりにも実現不可能なことが多く、実際にはできなかったのです。

誰もが大宇宙の分身同士で敵も味方もない、従って戦いも競争も不要、生きとし生けるものもまた分身同士で互いに助け合ってこの世界は成り立っている。それぞれを敬い、感謝して生きるのが幸せな世界を作る条件。要不要を無視して濫造する物品とそうせざるを得ない経済機構がもたらすあらゆる汚染を止め、必要最低限の物だけ持ち、「身無一物福寿無尽蔵[3]」を悟り、真の幸せを確立すれば病も死も一如であると分かり、恐怖も心配ともおさらば。

私は70歳を過ぎてもまだこの心境に達していなかったのです。でも自我の壁の向こうで発見した、人間本来の英知との通信回線を通し、少し「バカ度」が下がって来ているように思っている今日この頃です。

[1] ようろう たけし
日本の医学博士、解剖学者。東京大学名誉教授

[2] いいじま ひでゆき
フリーエネルギー研究家。一般財団法人テネモス国際環境研究会理事長

[3] 何もかも捨て去り、拘りも恨みもつらみもすべて手放せばその時にあらゆる福寿が降り注ぐ。

『仏眼(ぶつげん)』が発刊されました

 表題の『仏眼』は菊池霊鷲が著した最後の書です。この本には前編ともいうべき書があります。今から60数年前に発表され、その後英訳され、1967年に、世界各国の元首および要人に百数十名に向けて、全人類への警鐘「第一のメッセージとして送られました。『舟を岸につなぎなさい』がそれです。

 当時はまだ環境問題など一般に取りざたされていない時代ではありましたが、反響は大きく、多数の要人からメッセージが届きました。中でも当時の国連事務総長からの手紙に、「メッセージの趣旨には賛同しますが、何分にも時期尚早にて、すぐには実践できない事情が多々あり、心に留めては置きます」というものがありましたが、この返信に代表されるのが当時の要人の多くが同じ懸念を持ちながらも、一般的常識外の内容である為実際には何も出来ないという内容のものでした。 

 さて、今はもう時期尚早などとは言えない状況となって来ています。世界中で起きている環境汚染や、生態系の崩壊、異常気象、原因不明の多くの疾病疾患等の問題は六十数年前とは異なり、誰にも否定できない明白さで、人類につきつけられています。
 こういう時にこそこの書を発表することはいろいろな意味において、人類とその宿主である地球環境の保全に貢献することが出来るのではないかと思い、当書の発刊を決意した次第です。

 このメッセージ文の中に十六の議題というものが挙げられてあり、その回答として書かれたのがこの『仏眼』です。
 議題の回答だけ教示して欲しいとのことで、当時のローマ法王庁から特使が二回来られた事もありました。私も一回同席しましたが、霊鷲太母は、回答は、一国、一組織に対しては出来ない、万国・万教関与の上でなければ、と断り、その代わりに次の様なことを話していました。

 環境問題を引き起こす根本原因となっているものは、人間の「根本無明(こんぽんむみょう:単なる無知ではなく学問をしても解決できない愚昧・迷妄)」である、という趣旨と、「開眼(かいげん:悟りを開くこと)」ということの意義です。
 今や、地球の住民である全人類は国境、宗派を超えて同じ問題に直面している訳ですから、万国関与とも言えます。そこで、議題を先に提示し、その後にこの著書を発表するという編集で、この本を作りました。

 第一部が、『舟を岸につなぎなさい』
 第二部が、『仏眼』
となります。

ご購入希望申し受けます。

本 単価:1,000円 送料別途。10冊以上送料無料
『仏眼』朗読CD 単価:500円 送料別途
講演ビデオ(2枚組120分)3,000円 送料別途

お問合せページからご注文できます。

追記。「無明からの脱却」という現象について生前太母さんはこうも言っていました。一人の人が目を開き、無明を脱するのではなく、「全人類」が目を開くことが地球とその全ての住民の蘇生の要となるということを知ってもらいたい。私が打ち立てた本願(自分や家族の為、ある特定のグループや民族の為でなく、全ての存在を対象にした願い。つまり神仏の立てる願)は「全人類開眼、万物皆安堵」だったのだから。「一人一人が開眼すると言うと膨大な数だから無理」と思うかもしれないが、そうではない。ごく少数の人たちが先に目を開くと、その影響が次から次へと波及して行くから、ある時一挙に可能になるのだ。

豚の羽、蝶の羽、ダンボの羽、人の羽

 

新しい時代の幕開け…地獄から令和→零話へ!

 5月16日某病院の先生から母の大腸の腫瘍の検査結果を伺いました。正式名はS状結腸癌というそうです。癌の大きさは1cm位の初期癌でした。どのような手術をするのか消化器外科の先生からお話をお聞きしました。もう少し小さければ内視鏡で取ることができたそうですが、母の場合腹腔鏡手術で大腸をある程度切除し、その周辺のリンパ節も取る必要があるとのことでした。セカンドオピニオンで、他の病院の先生にも見て頂くことになり、6月18日に検査入院し検査の結果、27日に手術が行われました。

 27日から約10日間点滴で栄養を入れ11日目に試験で重湯を食べたのですが、熱が出たりしたためその後4日間は点滴でやっと7月12日に本格的な食事が始まりました。何度かお見舞いに行きほとんど毎日電話していたのですが、11日に電話した時に

「今日はどう?」と電話で聞くと
「地獄に来たことがない人にはわからんやろね。」

というなんともユニークな回答でした。2週間程食事をしていませんし、6人部屋だったので同室にかなり重篤な方もおられ、一晩中看護師さんたちが出入りしたり、また他には薬の副作用か何かによる妄想で一晩中話されていたりで眠ることができない状態も何日か有りました。それでお見舞いに行くたびに「ここは地獄よ」と言っていました。母は87歳ですが心臓や肺はすこぶる良い状態だったので、高齢にも関わらず手術ができたのでした。

 どんな苦労もその痛みや苦しみは本人にしかわかりませんが、僕は大病をしたこともなく何かひどく不自由な目にもあったことはありませんので、自分にとっての「地獄」とは何だろうと文字に問うて見ました。

地→十一也

獄→犭+言+犬

 言(コトバ)が犭(ケモノ)化しているとはどういうことでしょうか?

 言語の人為的な使い方は対立的感情や打算的勘定を生みますから、当然争いを誘発します。命の本質を対立的な次元で使っているからです。人と人のコミュニケーションはコトバで行いますから、その表現によって感情にいろんな作用を及ぼします。私達の感情を作っているのは正しく「コトバ」なのです。つまり人の意識はコトバで作られているのです。
 ある時は人の言葉によって励まされ、ある時は友人の放った一言でものすごく落ち込むこともあります。コトバによって喜び、コトバによって苦しみ、悩んでいるのです。

 小田野早秧先生によって言語の本質は光が透明になったエネルギー、光透波ということを学びました。しかも生命の本質、真空の本質、知性の本質が同値一体であるという結論でした。命のエネルギーの音、命波音は日本語の発声音76音(清音51音、濁音20音、乾音5音)です。その音の意實は「天鏡図」に示されています。
 日本語である命波音には音本来の一音一音の意味があったのです。私達日本人は日本語が命のエネルギーの音だなんて全く知りませんでした。ましてやその音に音本来の意味があったなんてことは知る術もありません。ですから命本来の音の意味を従来どおり、私達日本人が作った意味、人為的な意味で使ってきました。それが今までの日本言語だったのです。
 言葉の意味を人為的、動物次元で使っていたのです。ですから地獄の「獄」の文字の中に言(コトバ)が獣化していると示されているのだと思います。言葉を問い(十一)その本質を見極めることが「文字」を通じて可能になりました。文字が命(真空、知性)の結晶化現象であり、その幾何構造を紐解くことによって、命(真空、知性)の本質を理解することができます。

 私の母にとっての地獄は病院での入院生活でしたが、「地獄」という文字が示している地獄とは、言(コトバ)を地上で動物次元の範囲で使うことは意識が対立的感情としてしか働かないので、感情をある程度セルフコントロールできる場合以外は、親子関係や他の人間関係に様々な影響があります。

 地球で様々な大変なことを経験するからこそ、私達は人類誕生以来360万年の間、悩み、苦しみ、考えてきました。悩み、苦しみ、考えてきたのは「コトバ」によってです。「コトバ」で考えているのですが、いつも考えている内容を問題とし、「コトバ」がどのようなエネルギーなのかなどとは考えませんでした。

「地獄」の本質を文字によって学ぶと「地獄」の意味が変わります。

地獄→字極

 字を通じて極みを理解することが、対立的感情の地獄から絶対無限エネルギーの結晶化現象である字による極への転換なのです。
 文字の音の意味を命のエネルギーの音の意味に転換すると、そこには地上の対立的感情の意味ではなく宇宙の絶対無限エネルギーの意味が展開します。宇宙の絶対無限エネルギーは完全な調和、絶対調和の完全安定エネルギーなのです。

地獄→極楽

地獄にいながらにして極楽を味わうことが可能なのです。そのことを、他の文字に置き換え、つなぐと、

字極楽

となります。地上地獄界において宇宙字極を楽しむことができるのです。

 そのことは新しい元号にもきちんと示されています。
 2019年5月1日徳仁天皇が第124代目の天皇として即位されました。この一ヶ月前4月1日には新元号が「令和」と発表になりました。

 この発表を聞いたのは車の中でした。「令」という文字の中に

令→人+一+卩

卩(セツ、割符)が入っていました。「よっしゃ!」と思わず声をあげました。日本語の表意文字は上記の「令」の文字のように分けることができます。このような文字が新しい元号として発表されたことは、私達日本人に卩(セツ、割符、)によって一(絶対)をL(開)開くと示されているのだと思います。

 このように文字を分け、その意味をエネルギー的に解釈する方法を見つけられた方が「小田野早秧」先生です。このような文字の幾何的な分け方を「字分け」と言います。
 「令和」とは令に和すとも考えられます。令とは「命令、法則」という意味であり「和」は「和やか、数」という意味があります。「令和」の言語的な意味はいろんな捉え方ができますが、「法則に和す」とも考えられます。

 「令和」という文字の示す意味は字分けの仕方はいろいろあると思いますが、

令和→卩(字分け)によって絶対を開き和す
令和の読みを「天鏡図」で索引すると
令和→レイワ零意和

 天の法則の心に和すとも考えられます。宇宙が私達人類にどのように「光透波」という絶対無限エネルギーを与え、育み、愛しまれているのか、その法則的関係性を理解し、どのように実生活に役立てるのか、最初に私たちがやるべきことは、言葉で創られている自意識を字分けによって読み換えること、つまり、

人為的自我意識→文字を通じて→天念(宇宙意思)

に読み換えることだと思います。

令和から零話へ続く…

2019年7月18日16時25分 八田光典

肉体が亡びる時離れて行くものは何か

前の投稿で、肉体が無くなっても意識は不滅ですというお話をしました。これについて、面白い説明を画像で見せている動画サイトがありました。

真空、生命、知性の実態、実質は何か、という疑問に対し、量子力学的な説明をしている方があります。マックス・プランクという人です。プランクさんの解釈による、人の本質(体ではなく潜在意識の方)であるエネルギーがどのような形態で存在しているかをCGで作成して見せてくださっています。トーラスと呼ばれる形で、きれいな画像です。字幕を付けておきました。トーラスは正と負のエネルギーが同時に関わり合いながら不断に動いている形です。象徴的にはメビウスの輪、八の字等とも表現されてきましたが、今は立体で見ることができます。

21世紀という今の時代にはこのようなテクノロジーで私たちが目で見、音で聞ける媒体ができていて、楽しみながら学ぶことができます。そして、理解の幅も広がり、その理解の振動が他の理解の振動と繋がり、共鳴し合いながら人類の集合意識が成長して行くという訳です。
2019.7.5

光透波理論改訂版発刊のご案内

光透波理論改訂版発刊のご案内

長らくお待たせしました。『小田野早秧の光透波理論 改訂版』が発刊されました。
この書は何百万年か前に人類が地球に誕生して以来、様々な成長の過程を経て、ついに、21世紀というこの時に、丁度熟れた果実が樹から離れるように、人間とは何であるのかを自覚し、誠の成人として自立し、自由を獲得する用意が出来た時に初めて紐解くべく天意によって用意されたものです。それ以前には信じがたいような前代未聞の真理の数々が書き連ねられた珠玉の名編であると思います。そこで、巻頭には、こう書きました。

万物を創造し、全生命を生かし続けている至高の叡智力の正体が、
ここに細大漏らさず明らかにされている人類の至宝の書

「人は考える葦である」と言った思想家がいましたが、人以外の生物は考えるということはしません。そこで、考えるということを少ししてみましょう。

先ず「真空」について考えるとします。人それぞれがそれなりの意味考えて文章にしてみますと、多くの場合、何やら掴みどころのない熟語だと思われるのではないでしょうか。

例えば「真空とは何も無いところ」、とします。無いとは何か?何かが有るのなら簡単ですが、無いということを想像するのは難しいと思います。次に「知性」とは何かと考えて見ましょう。最後に「生命」とは何かを考えて見ましょう。

これらの実質、実態を極めようとすると、如何に情報不足かということが分かると思います。一体自分には何が分かっているのだろう。どうもよく分かっていないようだということを発見できるかと思います。「考える」ということをすると、自分が如何に何も知らないかが分かるのです。以下のように整理して考えて行くと明確な認識が構築されて行くと思います。収録されている4冊の本の一冊目『生命の原理』から、

現代では吾々の肉眼視野は、顕微鏡、望遠鏡の視力に電子力をも併用して、自然の現象する森羅万象を細大漏らさず検討し尽くそうとしてはいるが、未だ最後に余りにも根本的な大きな見落としが眼前にあるという問題を残している。吾々が知り又知りつつある様々な現象実在を、現に抱容している基盤であるところの、宇宙大空間の「真空=何もない最後のもの即ち無」の実質と、吾々人間自体がこの宇宙の様々な現象実在を知り、又知ろうとする力「知性」そのものの実質と、この知性を以て今現在に生きつつある吾々の「生命」の実質、この三つの実質の理解だけが現実の吾々の知生活に未だに全くの空白を残しているということにある。誰であれ「もの」の本質を正しく知り、完(まった)き理解を遂げれば、その「もの」をよく活用できることは必然である。正しく活用できないのは、その「もの」を知らないという実証である。

二冊目の『考える力』からもう一節ご紹介します。

そこで私がくりかえし確信するのは、知性は意識(詞基)内を回転する詞の組み合せで人間自己の内部に成立し、この抽象の資料を提供しつつある虚空は「光透波」の回転によって、空間の基本実質として、不断に「透明」の姿で現成充実しているということである。
つまり透明質である「虚空」というものは、物質現象を差し引いた空間性の基本質であり、この虚空状態に気体原子を充満させている空間中で、吾々は呼吸を続けているのである。だから吾々が呼吸を続けている空間から、気体原子を取り去って、そこに不断に働く地球引力や太陽斥力を差し引けば虚空の生地が残存する。しかもこの虚空の生地は、太陽斥力、地球引力、気体原子に浸透して、同時にこれ等を無条件に抱容し且つ保持し且つ進化させている。
一方人間が仮死状態に陥り、気体原子の呼吸を一時停止しても、甦って来た人の記憶を調べれば、呼吸とは無関係にその人は、夢中と似た意識活動を続けていた場合が多い。

肉体は亡びても『詞を元素とした意識』は不滅だということなのです。この名著に初めて出会ってから二十数年が経ちます。読むほどに深まる理解が意識をより明晰に、透明にして行く過程を実体験することができる本であると私は実感しています。
菊池静流

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