絶対絶命の崖っぷち

嘘の話の続きです。

学生時代に心理学の教授が、嘘をつかない人を見たことがないと言っていましたが、その時から十数年後に嘘をつかない人に会いました。小田野早秧先生です。あまりにも正直で息苦しいほどの厳しい姿勢を保って生きた方でした。正直な故に、しなくとも良い苦労をたくさんしたお話を聞かせていただきました。その一部は『天鏡』という題名の本に書きました。何故そこまで真っ正直でなければならないのか。罪のない嘘なら別についても良いのではないか。その方が人間関係は円滑になるのに。例えばこういう時には、ああいう状況では嘘をついても良いのではないかと質問をしたことがありました。

じっと私が挙げた例を聞き終えた後に、しばらく考えをまとめていらしたのか、間をおいて、先生は答えられました。

その方が楽に生きられるかどうかが重要ならそう生きれば良いでしょう。どんなに厳しい人生でも真っ正直で生きたいのならそうすれば良いのです。私は楽な人生など望んではいません。人間社会でどのような地位にあるかなど何の意味もないことだと思っています。たかだか80年ほどのケチな人生でどんな位置にあるかなどあまりにも些細なことです。そのおかげでその一生を棒に振って、次の一生でまた一からやり直しなんて、無駄なことをわざわざするのは愚かなことです。永遠の生命の完璧な美と嘘の入り込む余地のない整然たる秩序と真の愛の片鱗でも味わいたいのなら真実の世界に生きるほかはないのです。私はこの一生で人間生活はもう終わりにしたいのです。また人間をやり直さなければならないようなことは決してしないように、それこそ片時も道を踏み外さないようにしています。あくまでも天の實親と私との間において正しいか嘘偽りかを吟味しているので、人間社会の規範は関係ありません。
そうやって一生懸命に生きて、そして最後にもしお許しいただけるならば、天網の結び目の一つという輝く星になって、もう自分などというものは消滅して、二度とこの世に戻らなくて済むようになりたいのです。私はあなたと違って大欲張りなのです。

このお話の後ずいぶん長い間悩みました。嘘をつかずに生きる知恵を発揮しきれなかったからです。それで、もう今生で天網回帰などどうせ無理なのだからと楽に生きることに決めました。でも嘘で誰かを騙したり、傷つけたり、お金儲けをしたりは控えております。そして、そのままの自分を受け入れることにしました。自己嫌悪は毒のように肉体をも傷つけますから願い下げです。それでも時々は落ち込むこともあります。また、比較的健康ではあっても老いの衰えも日々実感しています。肉体は使用期限のある製品で、昨年は部品を一部交換(眼内レンズに)しました。

話が横道にそれました。今生が最後のお努めと心得ている小田野先生のお話の後何年かしてもう一人正直な方に会いました。その方もやはり今生が最後の生で、もう二度と人間として戻って来ないと思うと言っておられました。飯島秀行さんという方です。

子供の頃、小学校の一年生だったかな、通学路を歩いて行く子供を上から見ていたんだ。僕なんだけれど、見ているのも僕なんだね。もの心ついた始めからそれが出来たんだ。
こういうことが出来る為には何百回も何千回も生まれて、少しずつ経験を積んでいったんだと思うね。だっていきなりそれはないでしょ。僕には死んだ人も見えるし、お釈迦様やイエス様やその他の賢い人たちといつでも話ができるんだよ。だってその人たち死んではいないんだから。ここに皆いるんだよ。実は他人なんていないんだ。一緒なんだよ。だから話できるに決まっているじゃない。それさえ分かればもう人間商売終り。
何年か前に死にそうになった時、やれやれこれでおしまいって大喜びしたんだけれど、何故かまだ寿命が残っていて、途中で戻って来させられちゃった。でも後もうちょっとの辛抱だと思う。何年かだな。それで僕はもういなくなる。完全にね。待ち遠しいね。

淡々と語る姿勢には何の気負いもこけおどしもなく、奇想天外なお話しだったにも関わらず、私はそのままそれが彼にとっての真実だと素直に受け止められました。それから数年後に亡くなられました。小田野先生と飯島さんは最後の生で嘘偽りのない人生を送ることができる用意があったのだと思います。
どう生きるのかはあくまでもそれぞれの人がまだ個人として存在している時に決めることで、それをもって自由意志というのだと思います。自由意志は怖いです。誰もこうしろとは決めてくれないので、自己責任において選択して行かなければならないのです。高山を目指して登る者にとって、もっとも厳しい時は最後の峠越えだと言いますが、心の登山にも当てはまると思います。

今の私は絶体絶命なのよ、とは小田野先生の言葉です。

2018年のご挨拶

 

現世を何故ウツシヨと読むのか

現世と書いて「ウツシヨ」と読みます。何故そう読むのか不思議ではありませんか。何を映していると教えられているのでしょうか。
何かを反映しているのなら反映する元があるということになります。現世に対する言葉は「あの世」です。あの世は姿形のないエネルギーの世界で、そこに行くためには死んで体をこの世に置いて行かなければならないことになっています。
姿形がないあの世を映しているのなら何も見えないはずですが、見えるように、感じるように設定されているようで、そのおかげでいろいろと惑いも起きてきます。まず体があるせいで、空腹や渇きがあり、寒暖にも対応できるように衣服や住居も必要になります。脳下垂体や消化器官、生殖器官からホルモンが分泌されるので感情や欲望が刺激されます。いわゆる煩悩と呼ばれる欲望が108もあると言われるのはそれだけ多くの欲が生まれてきてしまうということです。あの世にはそんなに多くはないでしょうね。
エネルギーだけが渦巻いて、スパイラルを描きながら動いているだけの現世なら煩悩も関係ないでしょうが、肉体に備えられた五感がしっかり味、音、匂い、触感、形や色を認識して、快不快を毎日経験して生きることになります。煩わしいといえば煩わしいです。でも面倒だから死んでエネルギーだけになって自由になりたいと思っても、どっこい、生命維持本能が働いてしまいます。苦しいのや痛いのは嫌だと感じるようにセットされているのが感情なので、なかなか死ねないのです。でなかったら地球に人類はもういないでしょう。

ある時非常に体が病んで、息をする度に肺が焼けるように痛く、その度に全身を波状に痛みが襲いました。息をしなければ痛くはないので、止めれば良いのですが、酸素が無くなってくるとどうしても息を吸いたくなるのです。苦しみながら少し息を吸い、小さく肺を使い、次の呼吸のタイミングを遅らせるようにしながら一晩中縮かんでいました。それでも少しずつは楽になってきたのですが、その時に動物としての人間の生命維持本能の強さに驚嘆したことを覚えています。

五感を持って、快不快の感情を体験しながら生きることが現世に在ることの意義なのだと思います。不便ですが、仕方ないのです。せっかく不便を凌いで生きている間に映すのは何かと言うと、それは自分です。鏡に映った姿形を虚像と言います。嘘のすがたという意味です。本物は実像ですが、現世にある姿形は虚像なのです。仮のすがたとも言えます。仮ですから死ねば無くなります。そういう意味です。神社の奥の院には本尊の代わりに鏡が祀られています。象徴的ですね。

誕生という言葉があります。誕という字の意味は「仮の」という意味です。仮に生まれたのだと教えられているのです。現世に仮に生まれて、鏡に映る自分を見るチャンスを頂き、感情の体験を通して何を学ぶというのでしょうか。いや私が別に何も学ばなくとも良いのかもしれないと思うようになりました。体験そのものが、体験の認識そのものが宇宙意識というか、純粋意識という実在実像が体験しているので、個人が何を学んだかに拘ることはないのではないかと思えるようになりました。体験というエネルギーの動きが「在る」ので「体験者」とは虚像なのではないでしょうか。それだから現世を「マコトヨ」と読まないで虚像を指し示す読み方をさせているのだと受け止めました。

体験者ではなく、体験だけが在るのだと思うのです。私の体、私の感情、私の学び、私の財産、私の名前から私の、を取り去ったら、後に何が残りますか?
ゼロです。ゼロが唯一の実在。それが納得できたら悟りなのだと推察します。自我意識は自分があるという感覚から生まれてきます。その間ずっと悩むわけです。また納得の結果がある気づきであっても、定着性は保証の限りではありません。私は経験済みです。まるで肉体の重力に引き戻されるような感じです。

「私は悟っています」と自分でいう人に何人か会いましたが、その人たちには共通性がありました。嘘つきでした。あるいはそう思い込みむ病気だったのかもしれません。ともかく溢れるような愛は感じませんでした。弟子をほとんど無給で酷使したり、より優れた(と思っているだけだったかもしれない)人をそれとなくけなしたり、浄財を喜捨しなさいと言って財産を取り上げたりでした。家財産を全部寄付させられた人も二人知っていますが、途中で少し返してもらおうとしても絶対に返してもらえなかった上、一人は命の危険さえ感じたそうです。その相手は今は刑務所に入っています。
ある時いわゆる神秘体験というものをして、通常では得られないような洞察が得られ、普通人から見たら霊能力が発揮できるようになると、偉い人、悟った人というふうに思われ、弟子や取り巻きがついてきて尊敬されます。そうなっても常に謙虚で、人に優しく、威張らないでいたら大丈夫ですが、多くの場合は周囲に持ち上げられるとちょっと高慢になります。そうなるとかつての深い洞察力や霊能力が鈍るということにもなります。すると嘘をつかなければならなくなるのです。怖い落とし穴です。私が逢った中で非常に深い洞察と真理の理解をしていらっしゃる方たちは決して自分が悟っているようなことはおっしゃりませんでした。悟りや至福はお金では買えません。

少し言いにくいことでしたが、この頃考えていることを書きたくなりました。2017年は周囲の人の何人かが様々な病気にかかり、悲しい思いをしました。私もアレルギー性の疾患で体が重苦しくうっとうしくて、体に対する拘りを離れて物事を見直したかったからかもしれません。体は大切な容器ですが、宿っている意識が明哲性を欠くと濁りが病を引き起こします。今年はお掃除を心がけるようにします。

絶体絶命の崖っぷち
幽霊と直談判
幽霊は在るのか無いのか
光透波という実体

 

春の小川のように

母が好きだった歌で、少し音痴気味に歌っていました。

春の小川は、さらさら行くよ
岸のすみれや、れんげの花に
すがたやさしく、色美しく
咲けよ咲けよと、ささやきながら

静流という名前は母が書いた小説の主人公の名前ですが、その本の冒頭にあります。

静かな流れとは、
善にも悪にも、清にも濁にも、美にも醜にも、かかずらうことなしに、心身ともにひたすらに流れゆく一生の姿になぞらえたのです。

なかなか善悪や美醜に拘ることなくは生きられませんでしたが、それでも母の願いはいつも心の中に大きな位置を占めてはいました。今年のあいさつ文の中で、カウンセラーの仕事は裁くことではないと書きましたが、この戒めは大切にしています。
人生の荒波に否応もなくもまれる中、悲しみや怖れに捕らわれて心が乱れた時に、拘りを捨て、さらさらと流れて行くのは難しいのですが、役に立つことはいくつかあります。
その一つとして、瞑想と言うほどおおげさなものではないのですが、しずかに座って、目を閉じてイメージする風景の中でもよく出てくるものは、穏やかに流れる川なのです。何を投げ込まれても放り返しはできない受け身の人生は川に似ています。でもさらさらとただ流れて行くのなら、ただそれだけのことです。良いも悪いもありません。嫌でも何でも受け身なのですから。それを苦にするかしないかだけが自分にできることです。

最近、末期癌の患者の「緩和ケア」という仕事を主にしている医師の講演を聞きました。ホスピスとは違って投薬や医療の他に代替治療も含め様々な処置をするクリニックです。彼によれば癌の70%は酷い痛みを伴うそうです。その痛みの緩和ケアをするにあたって、有効ないくつかのポイントがあるそうです。痛みの対処の方法はいろいろありますが、どれでもその人に合えばそれが有効ということで、手段は選びません。しかしどの場合も常に共通なのはその人の心の状態で、それが否定的か肯定的かで痛み苦しみが違ってくるそうです。

後半年か一年くらいの命と言われている。怖い、苦しい、理不尽だ、まだ死にたくない。半年しかない、が半年もあるというふうに、気持ちが肯定的に変わるきっかけとして有効なことばは、「人間は100%死にます」だそうです。自分だけが理不尽にも死ぬのではなく、誰でも死ぬのです。これで視点が変わるそうです。後は死ぬまでどう生きるかを選択すれば良いのだそうで、これは一つの目標になります。嘆いていても意味がないのは分かります。

へえ~、そうなのか。誰でも死ぬとは知っていても、自分が死ぬということをしっかりわきまえてはいない人が大勢いるということです。

この医師が、どのような処置をする場合もお勧めは、瞑想や座禅などの心のケアだと言います。痛み止めの薬の量が違ってくるというのです。ほとんどの場合大幅な違いが出てくるそうです。心が静まっていて穏やかなら痛み苦しみは少ないという実例を見てきた人の証言です。

現世を何故ウツシヨと読むのか

 

嫌い!の効用

子供が道に座り込んで、「嫌だ、嫌だ、嫌だ~」と泣きわめきながら、手を引っ張って起こそうとやっきになっている母親に抵抗している。何がそんなに嫌なのかは分からないが、「嫌」という感情の爆発によるエネルギー放射の影響は家の窓から外を見ていた私にも伝わってきた。窓は閉まっていて、ペアガラスの防音効果もかなり高いのに、それでも聞こえるほどの大きな泣き声なのだから肺のキャパいっぱいの、それこそ全エネルギーを使っての抗議デモだ。

同じような経験が私にもある。あれは私が6歳くらいの時のこと。静かな山岳地の緑深い、水のきれいな川の近くの家から海辺の町に引っ越した。人々の気質がかなり荒っぽい漁師町の道筋から一本奥に入ったところにある、都会の人たちが疎開していた別荘地区にある家だった。門にも塀にも落書きがしてあり、汚物もなすりつけられてある。洗い落としてもしばらくするとまた汚される。塀越しに汚物が放り込まれることもあった。
「よそ者で金持(実際は違ったが)の奴ら」とみなされ、土地者とは馴染まないのが別荘地区の人たちの生き方なのに、家族はそれをしなかった。業者に厳しく接するという金持ちの姿勢をとらなかったという意味である。要するにバカにされたのである。買い物をすると高い値をつけられ、品物は二級品を渡される。土地者価格とよそ者価格とがあったのである。
ともかく居心地は悪かった。穏やかな気質の人々に囲まれていた、のんびりとした田舎の畑の間にある家からいきなり粗々しい人たちの間に放り込まれたショックは大きかった。仲間外れなど当然のことだった。今でも人との交際には相当気を遣っている。

ある日母が、元住んでいた地域の近くの知人を訪ねるのに私を連れて行ってくれた。物心ついた時から可愛がってくれていた夫婦の家で、私たちを歓迎してくれた。食事もいただき、お土産も頂いて、他に少し用足しもしてから駅に向かう母に、帰りたくないと言った。当然それは聞き入れられない要求だったが、私の知ったことではない。先ほどの子供と同じように道にしゃがみこんで泣き叫んで抗議した。今までこれほど激高したことは一度もなかった。自分で言いうのも何だが、聞き分けの良い子供だったのに、この悲嘆と怒りの混じった抗議には母も困り果てていた。声も枯れて力も尽きてぐったりとなるまで母は道に立ち往生していた。一生忘れられない思い出である。

その後二回激高したことがあるが、最初の一回ほどの激しさではなかった。それでも70年余り生きてきて、命の限りの力を尽くした激高は三回だったのだから、それがどれほどの「嫌!」だったのかは想像がつくのではないかと思う。

数年前のこと、従妹のY子が旅行先に、指に包帯を巻き、手首にサポーターをして来たので、どうしたのか尋ねたところ、指を包丁で切ったという。そして怪我するまでの経緯を話してくれた。

正月に大人数の食事の支度をしていた。息子とその連れ合い(一度も料理と後片付けを手伝ったことがない。実家の母親が料理の下手な人なので、毎年彼女の家の方に一家全員で来る。お産の時も三回とも実家には行かずに彼女の家に来てそれぞれ二か月以上いた)と、子供三人、結婚しないで家にいるもう一人の息子、家事を全くしない夫の全員の食事の支度を独りでしながら、心の中で、「もう嫌!嫌、つくづくとことん嫌、うんざりだ」と喚いていたそう。そして力任せに何かを切った時に左手の親指を切り落としてしまった。皮一枚でつながっているのみの切断状態。皮が離れないように指をきっちりと定位置にくっつけて、救急箱に向かう。ずれないように気をつけながら、口で包帯の端を咥えてぎりぎりと巻き、腕の方に紐を巻いて止血をする。それから血が流れ出ないようにゴムの指サックをはめ、その上にまた包帯を巻き、さらにゴム手袋をして料理を続けた。食事はしないで、気分がすぐれないからと自室に行って倒れた。激痛が襲ってくるが大きな声を出さないで歯を食いしばってこらえた。病気をすると酷く機嫌が悪くなり、家事をさぼることが許されない舅と息子の家に嫁に行き、いつも弱みを見せて負けてたまるか、と自分に言い聞かせて生きて来た癖はもう治らないと笑って言っていた。ちなみに彼女が指を切断したことには夫も息子も気づかなかったそう。誰も彼女の顔色など見ないからである。

そのY子が指の怪我で学んだことは、「嫌!」という感情の起きる原因はいくつかあるが、それを無くすことは実際的ではないので、他の解決法を探るしかない。嫌はそのまま認めて、原因となった不都合は受け入れ、嫌を上回る楽しみを見つけ、断固決行する。その為には嘘もつくし、うまいやり方をいろいろと考えだす。

そして今彼女は、好きなことをいくつかやりながら、料理をし、他の家事をし、息子と嫁の面倒を見、お気に入りの従妹(私、へへ)と姉と妹と一緒に食事会や温泉旅行を楽しんでいる。大きな声でよく笑うようになった。あまりにも大きな声なのでフレンチレストランには行けないほど。昔は姉に「ふくれのY子」と呼ばれていたくらいの人だったのに。三叉神経痛で風が吹いても痛む時があり、能面のように表情の無い時期があった。

さて、説教タイム。「嫌!」はまず認める。そして向き合う。原因は処理できるものは処理。できないものは受け入れる。そして楽しいことで埋め合わせる。幸せであったら「嫌」の辛さはそれほど酷くはないうえに、自分を知ることの手掛かりにもなる。ちなみに勝負事が好きなY子は好きだった将棋と碁の練習に励み、碁で段を取り、今では同時に数人を相手に教えながら「独り悦に入っている」そう。負けず嫌いで頑張り屋の性分は小さな時からで、それは変わらないが、仏頂面は無くなり、持病の三叉神経痛と偏頭痛は完全に治り、明るく元気に生きている。

2017.10.15

ある納得

 以下は霊鷲太母のことばで私が何度も耳にしたものです。他にも同じことを聞いた方たちが多数いらっしゃると思います。

身心に浸透して寝た間も休むことなき思いを「念」と言う。この念に付きっぱなしに付いているものが「仏」である。私らは仏の懐(ふところ)に住んで居るのに、皆知らない。その大いなる智慧の光である仏に赤子のように自らを委ねる以外に安心立命などない。
不可思議なる体験中に宇宙の成り立ちはもとより人間というものの本質、生けるもの全てと人とのつながりを覚(さと)った。そして全生命が一連にして不可分の大生命体であることを私は全身で納得した。これを、「身心(しんしん)毛穴(もうく)皆(かい)得(とく)悟(ご)」という。開眼とはこのような納得をした状態を言う。

『仏眼』より

この体験を22歳の時にしたのだと聞いていますが、その時のことを更にご紹介します。

本願寺の控えの間で何かを待っていた時のこと、目の前に掛けてあった軸に「見真」とあった。親鸞聖人の別名の一つでもある。何も思わずにただその文字を見ていたら、突然その文字が金色に光り始め、文字が崩れて金色の粒子になった。その粒子が渦巻きながら私の胸に入ってきた。あれれと思っていると私もまた金色の粒子になって四方八方に広がっていった。自分がどんどん拡大して行くにつれ、部屋の外へ、地球の外へ、はるか彼方へと拡がる星へと広がり、気がつくと自分の中に宇宙があった。それらが渦巻きながらすごい速さで動いている。渦の中から様々なものが生まれてくるのが見えた。花のような美しい形の中にある芯から生まれて来た物々もまた渦巻きながら回転している。そうしているうちにその渦巻の中に入ってしまい、今度は自分が小さく小さくなって行くのが感じられた。どんどんどんどん周りが拡大して行き、自分がどんどん小さくなって行く。その小さな自分と周囲のつながりが同時に見えた。どこまでも小さくなりながらあらゆるものと一緒に動いていて、それがぜんぶ一繋がりなの。それはめまぐるしいほどの速さの渦なのに少しもうるさくはなく、ただ美しく妙なる音楽のようにも聞こえた。他にも多くの物を見たのだが、一時には何を見たかが掴めなくて、その後一週間以上も見たことを少しずつ反芻していった。その時に覚ったことは全部が一繋がりであることさえ納得できたら世界はあっという間に平和になるということ。生きるものの全てが幸せに生きることを享受できるということだった。それからはその納得をどうしたら言葉で人間に伝えて行けるかということに没頭して、最初に本を書いた。でも学校に行ってなかったのでなかなか文章がうまく書けなくて困った。何年もかかってやっと一冊が書けたが、皆感動はしてもそれで大きな納得が出来たかというとそうでもなかった。これをどうするかと考えてもう一つ書いた。それでもなかなか分かってはもらえん。「心ここに在らざれば、見れども見えず。聞けども聞こえず」とはこのことじゃな。

注。最初の書は『慧日』、次は『舟を岸につなぎなさい』

この拡大と縮小の体験をした方々のことは文献にも見受けられますが、現代になってこういう体験を明晰に一般の人に分かるような平易な言語(内容は難しいので、すぐに分かるという意味ではありません)で語っておられる覚者があり、ありがたいことに一部の講義をYouTubeで見ることができます。またその方のことを日本語で紹介しておられる方の講座も動画で見られますので、こちらを先に、それからもし、もっと詳しくその体験を知りたいと思う方は二番目のサイトを訪れてみてください。とくに最初のサイトはとても素晴らしいお教室で、外国の方が日本語で話しをされています。

https://youtu.be/91oY6Rw3M7M?t=2316

二番目のサイト https://www.youtube.com/watch?v=XqxvoheJQtY

これに関連した記事で以前にご紹介したことは「量子」の世界と「物理」の世界とはそれを司っている法則が全く反対だということなのです。主流現代物理学ではまだ「統一場」と「ゼロポイント・フィールド」のことは認めてはいません。時空は軸が中心にあって回転が可能ならしめられているということが光透波理論では実にシンプルかつ明確に説明されていることも心にとどめ置いていてください。

労多くして~でもチャレンジ、光の速度の話

2017.5.3

霊鷲太母の講演DVD二本が販売されました。
「書籍等の販売」メニューをご覧ください。

生きるために生きる人たち

最近全身がアトピー性皮膚炎の若い女性が家にヒーリングを受けに来るようになった。初めて来たときにはアラブ人の女性のように目の周り以外の全身を布や衣服で覆っていた。顔はマスクで、首は衣服で、手は指先だけ出して手袋で覆ってある。一番状態が酷い脚は三重に覆われていた、脱いでゆくごとに皮膚が表れてくると痛ましさに胸をつかれる。
こちらは慣れていないのでショックを受けたが、本人はケロッとしている。冗談を言うとケラケラ笑う。自分も冗談を言って返す。
とにかく明るい。ここまで辛い状態なのに、とこちらは思う。薬で抑えていた症状が、薬疹で使えなくなってから十年経つそうだ。痒さと痛さに十年耐えながら生きてきたのだ。そして良くなろうとする意欲がすごい。毎日でも来たいと言われたがこちらはそうは出来ないので週二回ということにした。仕事を終えてから夜飛んでくる。笑顔でドアを入ってくる。息が弾んでいる。「今日はこんな状態」と報告しながらベッドに入る。

今日ニュースで、拳銃で自殺しようとした若い男性が倒れていたのが見つかったと言っていたのを聞いて、この前の高見順の話の続きを書いている。
何があって死のうとするのか分からないが、それぞれ辛い事情があるからに違いないが、死のうとする人と決して諦めない人とがいる。

高見順という人が時々現れるバーで働いていたTの話では、実に人に好かれる人だったそうだ。肺結核と他のもろもろの病で入退院を繰り返しながら、死を見つめて詩と絵を書いていた人だ。死を見つめていても死のうとしているわけではない。むしろ生きようという意欲は大きかったと思う。


「今日高見が来るそうだ」。誰かが言うと店の客がワッと沸いたそうだ。ニヒルな作家も、厭世的な作家も皆同じように期待の色を顔に浮かべる。そして皆がソワソワと胸を躍らせながら待っているところへ、背の高い痩せた姿が入ってくると店の空気が変わったとTが言う。「あんなに人に好かれる人はあんまりいない。まあ面倒見はとてもよかった人だけれど、他にも面倒見が良かった人はいたから、それだけが原因ではないしね」とTが言う。そのT がまた実に人に好かれる人なのだ。医者から見れば不治の病に罹っていても実に明るい。毎日冗談(かなり辛口)を言っては私を笑わせる。
「毎日ただ凡々と生きているだけよ。いつ死ぬかなんて別に大事なことじゃない。生きている間は生きているだけ」と一日一日を楽しんでいる。できる限り家事も手伝う。嫌な仕事や辛い仕事という仕分けをしない人なのだ。やれることを黙ってやってきた。高見順もそうだが第二次大戦を生き抜いた人だ。当然めったなことでめげる人たちではない。最後にもう一つ、「見えてくる」という詩を。

お前の眼を
手でもって覆うがいい
するとすべてが見えてくる
時間も見えてくる
暗いおもかげのなかで
いきいきと育って行くもの
それも見える
さんさんとそそぐ春の光の中で
おまへの野心が
腐って行くのも見える

2017.4.8

何気なく…

ふと何気なく手に取った詩集の中の一つが目に飛び込んできた。いつもそうなのだが、「ふと何気なくという何か」が、心の深いところにある琴線に触れて美しい音を出す。

 

母は歩くのが好きな人で日本中テクテク歩いた。木のポックリを履いて。
海岸では貝を拾い、道や川では小石を拾って帰ってきた。「石はみな光っている。宝石だけじゃないの」。その母の思い出がどっとよみがえってきたきっかけを作ってくれた詩の一篇は、

 歩いていると
小石がピカリと光ったので
ふところに抱いて帰った
小さな石の方から私を
友だちに選んでくれたのは
うれしいことだ

高見順という人の「小さな石」という詩で、家族のTが好きな詩人だったので家に詩集があり、今朝ふと私に見せてくれたのだ。
パッと開いたページにこの詩があり、パラパラと見ているといくつかが目にとまり、心が音楽を奏でる。

暗い雑木林のなかを
小さな花を手にして
憎しみを胸に秘めて歩いてゐたら
頭上の木の間から一条の光がさして
私にそっとささやいた
わかりましたと私は答へた

愛や憎しみは
感じても見られない
愛のうちに憎しみを感じても
それを目で見ることはできない
私が手にしていた花の
言葉を聞くことができないやうに

光もこの目には見えても
光の言葉は聞かれないのに
聞けた私は仕合せだった
憎しみを花にゆだねて
落葉の下に静かに埋めて
私は暗い道から歩み出た

素晴らしい朝だ。
2017.4.8

生きるために生きる人たち

 

4番目の問題

前回の記事で提示した16の問題の一つを考えて見ましょう。4番目の問題です。

医学の進歩と歩調を合わせて患者が増加し、病院と医薬が氾濫するのはなぜか?また、寿命が延びたという一方、内部よりの崩壊が加速しているのはなぜか?

まず医学が「進歩しているにも関わらず」と言わずに「歩調を合わせて」と言っていることに注目してください。これはどういう意味でしょうか?
文字通りに解釈すれば、進歩と歩調を合わせるとは一方が他方の原因を作っているという意味です。ここまで言い切らないとしたら、進歩が必ずしも病を治癒させることがない上に進歩の途上で予測していなかった他の要因が加わり、かえって患者が増える結果をもたらしている、いうふうにも取れませんか?

では、まず医学とは何をするものかから明確にしましょう。

医学とは、生体(人体)の構造や機能、疾病について研究し、疾病を診断・治療・予防する方法を開発する学問である。
ウィキペディアより

診断と治療は分かります。疫病に罹ったら医師を訪ね、検査を受けて診断してもらい、治療を受けます。現代の医学の主流である西洋医学の場合ですと、各種の手術、処置、投薬を受けます。病院や診療所ではこれが主な活動内容です。また、予防する方法としては、健康増進や維持に役立つような食事、運動の勧め、休息や睡眠を必要なだけとることを勧められるでしょう。普通はこれで終わりです。そしてこれが功を奏しているとは言えない現実を皆様もよくご存じと思います。多くの疾病は完全に治癒することはありません。症状が和らぐが、病は治らないままに寿命が尽きて亡くなることが大半のケースです。また、一つの疾病から解放されても他の疾病が出てくる。薬は、しばらくは効いていてもそのうち効かなくなる、長く使用すると副作用やそれ以前の処置の影響による余病併発、副作用による種々の不具合が表面化するというケースもあります。つまり医学療法とは根本的解決法とは言えないということです。

体は生きている細胞の集合体です。各細胞はそれぞれ異なる役割を分担して決して他の細胞の仕事を妨げたり、横から口を出して指図して全体の調和を乱したりはしません。他の集団が機能障害を起こした場合のみ助っ人となって仕事の分担を軽減してあげるということはありますが、通常は己の分をわきまえてコツコツと仕事をしています。

この生命の営みを妨げる、横から口を出す、一つの集団ばかりに都合の良い処遇をして、他にとっては迷惑なことをする、というような全体のバランスが崩れるようなことをするのが人間の行う治療です。何故なら人間は人体を作れるほどの知恵をまだ持っていないからです。どの細胞が何の役割を果たしているかを100%は知らない(一体何%くらい分かっているのでしょうね)のに様々な薬を投与したり、生体の部分を切り取ったり、他の生体から取ってきたものを移植したり、注入したりしているのです。効を奏する場合もありますが、奏さない場合は「できる限りの手はつくしましたが残念ながらご臨終です」となります。

日常生活に支障をきたさない病に罹った場合は治す効果のある措置として様々な方法がありますが、軽度の疾患で生活のスタイルを変える人がどれくらいいるでしょうか。あまりいないと思います。歳をとってゆくのですからだんだんに悪くなる方に向かって行きます。その結果重篤な病に罹ったらどうするか。びっくりしてやっと本腰を入れて良くなる処理をし始めます。でも多くの場合はもう手遅れです。

早い内に手当できたのにそれをしないで手遅れになってしまった原因は根本にあるその人の心の持ち方に関わっているのです。一個の細胞といえどもおろそかにはしない、何故なら自分のものではないのだから。お作りになったのは大自然の叡智という、別名を創造の源という存在です。したがって大切に思う、尊敬して接する気持ちが必要なのです。

もう一つ忘れてならないのは、人間は孤立した存在ではないということです。地球という環境に依存して、地球と一蓮托生の存在なのです。地球の大気を吸って、大地が育てた食物を食べ、水を飲み、太陽の光を浴びて生きています。この環境がどんどん汚染されているのに100%の健康体など期待できるはずがないのです。医薬品を作る過程でどのくらいの水が汚れ、空気が汚れ、実験台の動物が虐待されるかを知っていますか。

自分独りが完璧に健康にはなれません。何故なら全ての人の行動の原動力なっている潜在意識が許さないからです。潜在意識を100%コントロールできる人はいません。何故なら潜在意識を見ることもそれと対話することできないからです。
薬や各種の延命処置や、文明の利器である機械の導入による過重な労働からの解放や、住環境の快適化などで寿命は延びても、潜在意識の影響から逃れることは出来ません。人間本位で他の生物も含めて地球環境を汚染し、傷つけているのに自分だけが幸せになることなどできないと思ってしまっているからです。そしてそう思っていることにさえ気づいていないので、改善しようもないのです。

霊鷲太母は端的にこう言っています

喜びとは、孤立の一滴にはなく、
通い合うところに始めて生ずるなり
されば、万物と通う心を
極楽と知るべし

著書『仏眼』より

気持ちの処理法の一つとして私は、病は避けられないと受け入れる(ある意味で自業自得だから)。そして病からの解放とは病を気に病む感情からの解放というものであると思っています。病によって不幸になるわけではないのです。不幸だと病みがちということは言えると思いますが。
2017.2.13

https://37kotoha.net/10/覚者と凡人はどこが違う/

太母についてはこちらもどうぞ。

http://www.iii.ne.jp/kikuchi/tamo-backno.htm

病が治る人、治らない人

 

 

 

酉年にちなんで

今年は酉年です。光透波理論的に解釈をしますと、音はトリ、「云音表」に当てますと、「透理」、あるいは「答裏」と取れます。
透理とは絶対透明という超光速の光のエネルギーという至高の叡智による矛盾のない理という意味に取りました。人間の理屈は矛盾や不平等を生じます。それは政治や経済や法律を見てもすぐに分かることだと思います。これに対し透理は誤りなく維持運行されている全宇宙の森羅万象の裏で働いている法則です。
それは表には表れていない、つまり裏面で働いている方の答、「答裏」で、うっかりしていると見逃してしまう法則です。何故なら見逃しても殺されたり投獄されたりバカにされたりしないからです。平等にいただいている命なのですから矛盾も偏りもないわけです。
2016年は何とも波乱の多い年でした。地震、洪水、干ばつなどの災害や経済破綻、益々エスカレートする貧富の格差から生じてくる不満から引き起こされる暴動や暴力的犯罪、テロ行為なども多発しました。さて、今年はどうなりますやら。

酉年にちなんで

鳥:羽があって空中を飛行できる存在。飛行能力のある生物としては他に昆虫がある。
地面にへばりついて這うか歩くか走るかしなければ移動できない生物に比べてはるかに自由に移動ができるうらやましい存在。方向性としては二次元的移動しかできないものに対し三次元的に移動できるだけでなく、上方から下方の状況を俯瞰できるという視力で非常に広い範囲を見渡すことができる。これで言葉をつかって思考できるのなら視野が広いので思考もさぞかし自由自在になれるのではないかと思われる。しかし言葉を使って思考できる能力をいただいている人間の方は長い間飛行ができなかった。
人間がどれだけ長い間飛行ができない状態で地球上で生きて来たのかについては諸説あって定かではないが、少なくとも数十万年は地面に縛られて生きて来たと思われる。その間どれほど大勢の人々が空の鳥をみて羨ましいと思っただろうか。有史以後をとっても見ても二十世紀という近代になるまでは圧倒的大多数の人間は封建制という社会組織の中で長い間奴隷としてあるいは召使や農奴として自由を奪われてどこかへ逃げることもできずに生きていた。人間の思考は縛られた近視眼的な視野で制限を受けてきた。近代になって飛行機が出来たとはいっても、いつでも好きな時に飛べるわけでもなければ好きな場所に行けるわけでもなく、しかも費用もかかる。一部の人にだけ与えられた自由といえる。
しかしこれは肉体的拘束であって意識はいつだって自由に羽ばたけたはず。だが残念ながら多くの場合、人間の意識は肉体に閉じ込められたままで、自由な思考などあまりできずに来たと思う。誰か偉い人、賢い人、力のある人の言うことが自分の思考に勝っていると思い込んで、それらの人たちの言葉を鵜呑みにしてきたことは歴史が物語っている。
命の危険があるのにも関わらず戦争に行かされ、妻子が飢えているのにも関わらず年貢を納め、ボロを身にまとって、あるいはネクタイで首を絞められ、一日の大半を楽しくもない労働に費やして、疲れてボロボロになってやっと死ぬことで自由になる。しかし本当に自由になれるのだろうか。もしあの世があるならそこでは自由に思考できるようになるのだろうか。肉体は無くなっても意識はそのままか少ししか変わらないのではないだろうか。私にもそう思える。全く自己意識が「無」となって「自我の死」を苦にしない状態になってしまった人以外は死んでも残念が残って地縛霊や怨霊となってどこか少し異なる存在の次元をさまよっているのではないだろうか。
ここで大切な考え方は、肉体に羽はなくとも意識はいつでもどこへでも自由に羽ばたいて行くことができるということです。「自由になりたいのならいつでもなれるのだ」。そのためには心が肉体という牢獄から解放されなければならない。肉体について回る様々な拘りや恐怖(死や病への恐怖、飢える恐怖など)が牢獄です。鳥は「透理」ではないことを明確に認識し飛ぶのに羽は要らないことを知り、目には見えない、耳には聞こえない「答裏」を学び、人間の言うことを決して鵜呑みにしない、それが自由になることだと知って欲しい。

今年は透理(鳥)になって羽ばたきましょう。目的は「羽化登仙」です。毛虫が羽化して蝶になり、空を飛行できるようになるという奇跡のような不思議な例を私たちに見せてくださっている大自然の叡智から学んで、今こそ変容しましょう。私たちはもう十分すぎるほど地を這いまわる地虫の時代を生きてきました。その間の学びも貴重ですが、もうその上の次元に上がってもいいのではないでしょうか。何故ならもう行き止まりに来てしまっているからです。行き止まりは飛び越えるしかないのです。
2017.1.1

白頭鷲の飛翔

世界が抱える15の問題とその全てが帰着する一点

下記に提示されている項目は『舟を岸につなぎなさい』と題されたメッセージ文の抜粋です。

この本で提示されている15項目の問題は今から60年も前に書かれたものです。日本は高度成長期の始まりにありました。環境汚染という言葉など誰も知らなかった頃です。今この問題を見て、あなたは何問答えられるでしょうか?そして16番目に、すべてを統括する答があることを示唆している項目が提示されています。

  1. 文明が大車輪で発展すれば、災害も大車輪で大発展することに目を留めなさい。 なぜか?
  2. 災害の七割までは人間が引き起すものであります。ということは、災害の七割までは人間 が防止できます。どのようにして?
  3. 今、他の天体への究明と試みが大掛かりになされていますが、距離における「より遠く」 とか、面積における「より広く」とか、速度における「より速く」とかいうものと、我々の幸 福の要素、安全とか愛情とか信頼とかいうものとは、あまり関係のあるものではありません。 天体究明も大切に違いないが、足元にもっと大切な問題があることを忘れてはいませんか?
  4. 医学の進歩と歩調を合わせて患者が増加し、病院と医薬が氾濫するのはなぜか?また、 寿命が延びたという一方、内部よりの崩壊が加速しているのはなぜか?
  5. 和合調和を招くのが宗教であるのに、宗教と名乗りつつ、世界に排他反目の巨大な壁を造 らせた矛盾と罪に留意し、反省して、教義の欠陥を正し、信仰の誤りを直しなさい。直すには?
  6. 文明生活と人口問題についてと、衣食住についての心構え
  7. 精神的美風(美しいならわし)が急速にうすれつつある今日において、それらの美風が再び 人類の上によみがえってくる処方箋について
  8. 常に善い悪いと言い続けてきながら、未だに善悪邪正の判定をする明確なより所を持たな いのはなぜか? ということとそのより所
  9. 人類の苦しみの第一因は、要不要の算定を無視した物品乱造であり、悩みの最大因は、乱造せざるを得ない経済機構にある。ということについてと、その重苦から脱する方法について
  10. 物品乱造の結果、乱費となり、これが人類と他の万物との関係をどのようにしているかに ついて
  11. 空気の生態と、その果たしている三大役割について
  12. 科学界に対する要望と、その研究目的についての示唆
  13. 原子力はその使用目的が何であれ、取り扱うこと自体が災害のもとであるという理由に ついて
  14. 既に蓄蔵されている原子力開放にあたっての諸条件について
  15. 教育は学校に始まってはもう手遅れで、出生と同時に始まらねばならないということと、その始まりにおける諸注意について
  16. 以上15項目の解答がすべて帰着する終点において発生してくる諸問題について

以上16項目中、最も重要なのは、最終の第16項です。 前記15項目は、あなた方がよく検討なされば、容易に解明するものであり、もうとっくに解明してもいます。 しかし、その解明を基調にしたさまざまな具体策を「どのようにして最もスムーズに、かつ急速に、現在の社会機構上に適合させていくか」が問題の重点であり、この重点を取り扱うの が第16項だからであります。
前記15項目にはすべて帰着する一点があります。今日まであなた方が何を求め、何を得ても満足できないで、幸福とは永続性のないものだとあきらめかかっていたのは、この一点を見 落としていたからであります。15項目の帰着する一点こそ、ついにそれが何であったかを明示するものです。

以上の問題点に関し、それぞれの方が、「ああ、60年前の予測がまったくその通りになってきている」と思われたのなら、それがこの本の信ぴょう性を証明するものではないでしょうか。この回答を聞くために40年ほど前にローマ法王庁からお使いの方が二度見えたのですが、「どこか一か国、あるいは一団体や一宗教に対して回答はできない」と言って、著者は回答を控えていたのです。
そこで私からの質問です。どうすればすべての問題が解決すると思われますか?まず、初めの質問である、「どれとどれの解決法が分かるでしょうか」がある意味でヒントとなります。どれかを解決しても他が影響を受けて余計問題が大きくなるようならそれは解決法ではありません。どうぞ頭をしぼってみてください。いえ、心を澄ませて、母なる地球に、そして生きとし生けるものに心を同調させ、自然の声を聞いてみてください。

https://37kotoha.net/10/4番目の問題/