2026年のご挨拶

2026年
丙 午

 波乱の多い2025年でした。皆さまいかが乗り超えていらっしゃいましたか? ともかく生きていればこその人生です。つつがなくお迎えになられたのならおめでとうございます。

パンドラの箱の比喩を例にとりますと、今の世界の多くの災害、蔓延する病、増え続ける詐欺事件、経済的困窮等、禍いばかりで明るいニュースの少ない年でした。あらゆる禍いが飛び出した箱の底に最後に残ったのは「希望」だったと言われています。希望だけは捨てないで持ち続けることにします。これはちょうど体が病んだ時、胎毒と呼ばれる蓄積された不要な物を出して行く過程のようなものと捉えますと、出るだけ出た後に残る物は希望という光だも解釈出来ます。そういう意味では「膿出し」の後に清々しい元気な細胞が再生される経緯とも捉えることが出来ます。私はそう願っています。

今年は午年です。昨年は巳年、一昨年は辰年で、水に関係した宇宙の要素を意味していましたが、今年は丙午なので、火と馬です。不要なもの、不浄なものを燃やしてさっぱりとして新たな年を迎えるつもりで、今年一年も引き続き多くの不用品を断捨離しました。物が減るごとに家も気持ちもさっぱりして、清々しい気分になりました。午/馬は動物でもありますが、ウとマという音を取りますと、「字の鍵(天鏡図)」の表から意味するものは「宇宙の間」とも取れます。間ですから何もない所です。何もない空間、つまり「無の世界」と捉えると、物質世界でない所です。無の世界からあらゆる有が生まれ出て来ては、時と共に滅び去って行く、これを「無常」と言います。物に執着して、そこに囚われていると、失うことに対する恐怖心や心配で心が晴れ晴れとするわけには行きません。それで断捨離をすると、清々とするのではないかと思います。掃除も楽になります。これも膿出しのようなものかもしれません。

どうか恐れに取り込まれて、心配しながら生きるのだけはやめましょう。「大丈夫、私たちは必ず死ねます(知り合いのカウンセラーの言葉です。心配性の人にピッタリですね)」。
生きている間中びくびくと心配しているか、しないか自分で決めて、それまで出来る限り幸せに周囲の人達を明るく照らしながら光の元に帰るまで楽しく生きてまいりましょう。

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