最近になって所謂「物忘れ」、うっかりミスの現象が激しくなりました。
人と会う約束を忘れたのは、カレンダーを確認しなかったから。
眼鏡と携帯電話が見つからないのはしょっちゅうのことで、置き場所を決めないから。また、決めてもそこに置かないで、他の場所に、「無意識に」置いてしまうから。
銀行に記帳に行ったのに通帳がバッグに入っていない。買い物に行ったら財布に十分お金がはいっていない。出かける前に確認しなかったから。
切手の値段が上がり、追加の切手を買いに行った郵便局で、封書を投函し忘れた(何の為に行ったのさ)。
鍋でお湯を沸かしている最中に何かしていて鍋が空になって火が止まった(安全装置様々です)。
コートやズボンんのポケットにお金は勿論のこと、時計やスイカやホゴ紙が入ったまま(洗濯機にいれると紙屑だらけになる)。洗濯が終わったのに衣類がそのままで干してない。
落ち込んでいる場合ではない。対策を講じないと。
まず、その日にすることを朝全部書き出す。リストになる用事が片付き次第に消し込む。
片づけたものをリストアップする。どんなに些細なものでもちゃんと書く。ただ書くだけでなく、声に出して言う。
これはいい訳ではなく、説明の一つですが、一緒に暮らしていた家族が亡くなって一年が過ぎました。私より十数年年上でしたが、うっかりミスをしない人でした。その人にいかに頼りきりだったかを今更ながらに身に染みて感じています。独り暮らしという状況を実感しきれていなかったのだと思います。
昨年始めから数か月間、小田野早秧先生の『考える力』をはじめ、残りの三冊を再入力しながらさんざん読んだのに、把握していないということに気づきました。
いや、把握していたのに、定着していなかったのです。定着は繰り返しをしないと、加齢と共に脳細胞は劣化し続けていますので指の間から砂がこぼれ落ちるように記憶力は衰えて行きます。
ただし、ここが大事ですぞ!「自分は頭の働きが鈍化してきてるからしっかりしなければならない」と緊張していれば良いというものではないのだと八十歳の男性に教えられました。八十数歳で、完璧に近いほど頭の回転の速い、八方に気のつく友人が最近急に記憶があいまいになった現象を話したところ、そのことについての意見でした。
しっかりした性格で、気を抜かないから八方に気の回る人というものは急激にボケることがある。糸が切れたようなものだ。大事なことは緩急のつけ方だ。長年人を見てきたから言えるが、ぼーっとして抜けているようで、必要な時にだけ引き締まって行動するタイプの人のほうがむしろボケにくいようだ、と。「あんたは大丈夫だ」とつけ足されました。先ほどの家族の話ですが、窓際に座って外を眺めていることが多い人でした。「何を考えているの?」と聞くと、決まって、「何~んにも」と答えたものでした。「何も考えないなんてことがどうして出来るの?」と聞くと、「だって、簡単。何にも考えないだけだから」と。頭がちゃんと休息しているわけです。ちなみに先ほどの男性はその人の弟です。
確かに考える力は脳を活性化させますが、それだけではなかったのです。このことを、私と似た状態になっている方々にぜひお伝えしておきたいと思いこの記事を書いております。下の文はこの記事の内容に直接関係はないかもしれませんが、人間の頭脳の働きと、それを培う誠実さと、底に流れる人間愛とが社会構造を機能させているのだと思います。
南アフリカのある大学の門に貼ってあったメッセージです。
国家を滅ぼすのに原爆や長距離ミサイルは要らない。
教育の質を下げ、試験でカンニングを見過ごせば良いだけ。
そのようにして資格をとった;
医者によって患者は死んでしまう
エンジニア等によって建物は倒壊する
経済学者や会計士等によってお金はどこかに消えてしまう
宗教家や哲学者によって人間愛は失われてしまう
裁判官等によって正義を守る司法制度は無効となる
教育制度の崩壊とは国家の崩壊である
日本でも起きていますね。消えた年金記録事件や、何とか言う建築家が建てた高層ビルやマンションの倒壊事件を憶えていますか。
2020.1.7