絶対絶命の崖っぷち

嘘の話の続きです。

学生時代に心理学の教授が、嘘をつかない人を見たことがないと言っていましたが、その時から十数年後に嘘をつかない人に会いました。小田野早秧先生です。あまりにも正直で息苦しいほどの厳しい姿勢を保って生きた方でした。正直な故に、しなくとも良い苦労をたくさんしたお話を聞かせていただきました。その一部は『天鏡』という題名の本に書きました。何故そこまで真っ正直でなければならないのか。罪のない嘘なら別についても良いのではないか。その方が人間関係は円滑になるのに。例えばこういう時には、ああいう状況では嘘をついても良いのではないかと質問をしたことがありました。

じっと私が挙げた例を聞き終えた後に、しばらく考えをまとめていらしたのか、間をおいて、先生は答えられました。

その方が楽に生きられるかどうかが重要ならそう生きれば良いでしょう。どんなに厳しい人生でも真っ正直で生きたいのならそうすれば良いのです。私は楽な人生など望んではいません。人間社会でどのような地位にあるかなど何の意味もないことだと思っています。たかだか80年ほどのケチな人生でどんな位置にあるかなどあまりにも些細なことです。そのおかげでその一生を棒に振って、次の一生でまた一からやり直しなんて、無駄なことをわざわざするのは愚かなことです。永遠の生命の完璧な美と嘘の入り込む余地のない整然たる秩序と真の愛の片鱗でも味わいたいのなら真実の世界に生きるほかはないのです。私はこの一生で人間生活はもう終わりにしたいのです。また人間をやり直さなければならないようなことは決してしないように、それこそ片時も道を踏み外さないようにしています。あくまでも天の實親と私との間において正しいか嘘偽りかを吟味しているので、人間社会の規範は関係ありません。
そうやって一生懸命に生きて、そして最後にもしお許しいただけるならば、天網の結び目の一つという輝く星になって、もう自分などというものは消滅して、二度とこの世に戻らなくて済むようになりたいのです。私はあなたと違って大欲張りなのです。

このお話の後ずいぶん長い間悩みました。嘘をつかずに生きる知恵を発揮しきれなかったからです。それで、もう今生で天網回帰などどうせ無理なのだからと楽に生きることに決めました。でも嘘で誰かを騙したり、傷つけたり、お金儲けをしたりは控えております。そして、そのままの自分を受け入れることにしました。自己嫌悪は毒のように肉体をも傷つけますから願い下げです。それでも時々は落ち込むこともあります。また、比較的健康ではあっても老いの衰えも日々実感しています。肉体は使用期限のある製品で、昨年は部品を一部交換(眼内レンズに)しました。

話が横道にそれました。今生が最後のお努めと心得ている小田野先生のお話の後何年かしてもう一人正直な方に会いました。その方もやはり今生が最後の生で、もう二度と人間として戻って来ないと思うと言っておられました。飯島秀行さんという方です。

子供の頃、小学校の一年生だったかな、通学路を歩いて行く子供を上から見ていたんだ。僕なんだけれど、見ているのも僕なんだね。もの心ついた始めからそれが出来たんだ。
こういうことが出来る為には何百回も何千回も生まれて、少しずつ経験を積んでいったんだと思うね。だっていきなりそれはないでしょ。僕には死んだ人も見えるし、お釈迦様やイエス様やその他の賢い人たちといつでも話ができるんだよ。だってその人たち死んではいないんだから。ここに皆いるんだよ。実は他人なんていないんだ。一緒なんだよ。だから話できるに決まっているじゃない。それさえ分かればもう人間商売終り。
何年か前に死にそうになった時、やれやれこれでおしまいって大喜びしたんだけれど、何故かまだ寿命が残っていて、途中で戻って来させられちゃった。でも後もうちょっとの辛抱だと思う。何年かだな。それで僕はもういなくなる。完全にね。待ち遠しいね。

淡々と語る姿勢には何の気負いもこけおどしもなく、奇想天外なお話しだったにも関わらず、私はそのままそれが彼にとっての真実だと素直に受け止められました。それから数年後に亡くなられました。小田野先生と飯島さんは最後の生で嘘偽りのない人生を送ることができる用意があったのだと思います。
どう生きるのかはあくまでもそれぞれの人がまだ個人として存在している時に決めることで、それをもって自由意志というのだと思います。自由意志は怖いです。誰もこうしろとは決めてくれないので、自己責任において選択して行かなければならないのです。高山を目指して登る者にとって、もっとも厳しい時は最後の峠越えだと言いますが、心の登山にも当てはまると思います。

今の私は絶体絶命なのよ、とは小田野先生の言葉です。

2018年のご挨拶

 

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