前回は「神」を分けてみました。カミという音がついている字でした。今度は「カミナリ」という音を持った文字「雷」を分けてみましょう。
雷について「科学不思議探検」では分かりやすくこう言っています。
雷の正体は電気です。電気には、必ずプラスとマイナスがあります。電気は、このプラスとマイナスの間を流れるときに、いろいろな働きをするのです。 雷の電気も、ふつうの電気と同じでプラスとマイナスの間を流れます。ただ、ふつうの電気と少しちがうところは、空気中を流れるということです。ふつうの電気は、電線や鉄をつたわって流れますが、雷は、雷雲(かみなりぐも)の中で電気が発生し、はなれたところのプラスとマイナスの間に電流が流れたときに発生するのです。空気というのは、ふつうは電気を通しません。しかし、雷の電気は非常に強いために、ふつうは電気を通さない空気中でもむりやり流れてしまうのです。このとき、空気は熱くなりはげしくふるえます。 この空気のふるえが、あの雷の「バリバリ」や「ゴロゴロ」といった音になるのです。
雷を分けると「雨と田」の二文字ができます。雨という字は訓読みでアメ、音読みでウという音がついています。云音表を参照すると「于」という字が入っています。この字は+と-が合わさって出来ています。プラスとマイナスです。この字はウと読む他にココとも読みます。此処という電磁場が宇宙という処でもあります。宇宙に存在するあらゆる物質が大は星雲から小は微生物やそれより更に小さな原子に至るまで電磁場でもあるので文字通りだと言えます。文字通りってそういう意味だっだのね。
雨はまたアメと読むので「ア/空というメ/命(命は物質でなく空です)」であり、天でもあると字が示しています。天とは地に対して形のないもの、高きところにあるもの、神的なもの等を指す字です。田は「田の字分け」にもあったように物の生まれてくる処、そしてデンと読むので電に通じます。電磁場である于、天の田が「カミナリ」と字が示しているのです。神を成立させているものは鳴っている電気で神也(神である)というふうに解釈できます。
田の字分け
「神って電気なんだ」と、これも一つの側面です。電気は全くエコヒイキ無しの存在です。電気は悪人善人を裁いて地獄や天国行を決めたりもしません。単に「機能」なのですから。でも停電になると困るので大切です。現代生活においては日常生活全般に渡って頼っているものです。地上で便利に使っている電気の機能は天にあってはもっともっと重大な役目を果たしているのですがそれはまた別の機会にお話しします。
次は裸意ですが、裸(全く衣を着ていない実体そのものという意味)の「音の心」でもあるとも示されています。天の田という鳴る神が意なのだとも示していると理解しました。
今はまだ「だからどうなの」と思われるかもしれませんが、絶対的に中立で、無批判で好き嫌いなどない電磁気という働きが神なら宗教戦争は意味なくなりますね。本物の神、偽物の神などという論争は意味がなくなります。人間は長い長い間「神」という「概念(害念)」に振り回されて無用な悲劇を繰り返してきました。字を分けるという作業の意義は「概念」を洗い清めて行くことなのです。字が分かれるとその時に概念が割れて壊れて行くのです。すぐにはそうならないかもしれませんが、続けて行くことで少しずつ思い込みという頑迷な重りが軽くなって、自由になって行くのだと思っています。最後は羽化登仙となるといいですね。
2016.02.22 記