時を解する者と五次元思考

最近読んだ文で、人類の歴史に関して、100万年前、1万2千年前、5年後の未来展望等々。あることが起きた、起きる可能性がある等々。これは時間というものを尺度で区切っている思考形態に基づいています。日本語には時間と時刻と二つの単語があります。これは驚きです。間という「何も無い時」と「刻まれている時」、つまり時間を区切って時刻にして、日常生活を営んでいるのが人間です。他の生物には時刻という観念はありません。時計という道具を動物に見せても意味不明でしょう。他の生物は、「今というその瞬間」に「無心」で生きています。人間だけが、刻まれた時を時間と混同して生きているのです。これに気づくことが理解の第一歩です。

時は過去、現在、未来と直線状にあると思っているか、そうでないかが、神秘家が言うところの「三次元思考」と「五次元思考」の違いだとしておきましょう。神秘家の中には、五次元思考が「アセンション」の必須条件だと言っている人たちがいます。これが現在の風潮のようです。五次元という観念に関する命波の理論はここでは論じません。

さて、「時」は何かという理解力によって何がどう違うかということを、光透波理論/命波理論(以後命波と表記)、に基づいて考察してみましょう。あくまでも私の理解の範囲です。

時をトキと読むと、命波の字の鍵を参照して「透基」と当てられます。透明とは何も無いという意味です。それが基本となっているとすると、「何も無い時」とは何でしょうとなります。時間の経過など無いとも解せます。ジと読むと、磁が当てられます。中心に向かって引き寄せられる力の方向性(求心性)です。これに対して反対の方向性は電性(遠心性)で、合わせると「電磁場」ですが、実は順番で言うと、「磁電場」だと命名されたのが、小田野早秧先生です。順番は非常に大切なので、これからは磁電場と表記します。

さて、時は英語でTIMEと言うので驚きます。数学記号では「×」です。加減乗除の「加・乗」です。加えられている情報とは、言い換えれば磁性なので、求心的に機能しています。求心性なので定着します。例えば、磁気テープ、CD/DVD等は情報を磁気的に定着させて保存し、それを再び音楽、画像、動画等に戻して再生することが出来ます。電性だと、それこそ放電してしまい、記録は出来ません。

これを私たちの認知機能に当てはめて考えてみましょう。考える機能の基本的条件は「言葉」です。言葉を使わずに考えることは出来ません。そして、言葉はそれを使う人の思考能力によって曖昧・意味不明から明晰・明快まで様々な段階があります。この思考力を培い、より明晰に明確にして行く作業があります。考える対象を決めたら、それに関する情報を収集し、様々な観点から考察して行く過程で役立つのは先駆者の発見を定着させている情報の再生道具である、文字を使った書籍、と各種の磁気情報です。霊感/インスピレーションとか高次元意識からのメッセージ等はここでは論じません。

考える対象は現在「時」ですので、今はこれを考察して行きます。

先に人間以外の生き物は、「今という瞬間」に生きていると書きました。では「今」とは何でしょう。「時間の経過の無い時間」と言えば分かりやすいかもしれません。一億分の一秒でも時間の経過はあります。この瞬間という言葉の意味を理解すると、時間というものの本質・実体の理解につながります。

命波では時性とは磁性であり、順番で見ると「一」、すなわち絶対(相対なら二)であり、かつ二つのエネルギーの流れで先に出来たと見ています。この先に出来たエネルギーが「父性」であり、加えて行くことで、その集積が反対方向に反転する因になっていると解しています。因に何も無かったら反転出来ないからだということです。反転すると出来るのが電性でこれが「元→二+ル」で二が出てきます。二がル(立つ)と出来るのが磁電場で、私たちが存在していると認識している相対界、すなわち物質宇宙です。

先ほどから「何も無い」という言葉を使ってきましたが、これを理解するのに、とても便利な単語が英語にあって、アメリカ人のスチーブ・アールさんが小田野先生に伝えたところ、「ビックリ仰天、今座っていた処から地球の反対側まですっ飛んで、出たところがイギリスだったわよ」と仰っていました。何故イギリスだったのかは聞き漏らしました。

その単語とは、Nowhereで、何も無いという意味です。これを字分けすると、NowとHereで、今と茲(此処)になるので、それを教えて下さった先生は世界の宝ですとスチーブさんが先生に言ったのです。

今茲とは何も無いとう意味で、この「無」というものの理解が、時というものを理解するには不可欠なのです。

ねえあなた、「何も無いというものは、有るの無いの?」

これは私が先生に師事した初めの個人授業での最初の質問でした。

勿論何のことか全く分からずきょとんしていました。それから30年。ヤットコスットコここまでたどり着いた次第です。

時間と空間というものは今と茲で、無なので、当然真空透明。そして時間を解する者が空間を超越して距離という概念に縛られることなく「瞬間移動」出来る能力を発揮できるのではないかと、そのように推察しております。まだ出来ませんけれど。

過去現在未来が直線的に流れていて、空間が距離だと認識している人間は、言うなれば檻の中に閉じ込められている囚人のようなものです。重力場に縛り付けられているわけです。重いは思いで、重くないのですが、これは又、異なる話題として今はこれまで。

2025.03.20

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